コロナはファッション・アパレル業界にも大きな打撃を与えたが、一方でデジタルシフトが一気に進んだのもこの2年間だ。一番の強みであるリアル店舗のほぼ全店休業を経験したアパレル各社は、当たり前のように行っていた店頭での接客ができず、顧客とのコミュニケーションを持つ場所はSNSや自社ECのチャット、ライブ配信などに移った。また、ECに慣れていない顧客が買い物をしやすいように、自社ECのユーザービリティ改善や動画活用などに注力する企業も増えた。ECチャネルでもアパレル業界の先頭を走るTSIホールディングとアダストリアのキーマンにコロナ禍で変化した顧客接点のあり方や、今後の自社ECの役割などについて聞いた。
オンラインで顧客エンゲージメント強化
TSIホールディングス 執行役員 デジタル戦略統括部長
渡辺 啓之 氏
――コロナ禍で顧客とのコミュニケーションをどのようにとってきたか。
「コロナの最初の頃、店舗がクローズして何を考えたかというと、お客様との信頼関係を築いてきたのは店舗スタッフなので、販売員の活躍の場をオンライン上にいかに用意するかということだった。販売員のコーディネートコンテンツを充実させ、画像であってもお客様がスタッフに触れられる機会を作った」
――チャット対応にも積極的だった。
「オンライン接客にもすぐに取り組んだ。チャットや『HERO』といったテキストと画像でやり取りをするツールがメインで、現状は、ブランドによっては『LINEスタッフスタート』にも取り組んでいる。お客様が困ったらオンライン上でも販売員を頼れるようにした」
――そうしたコミュニケーションを続けた成果は。
「自社ECの売上高のうち40%弱がスタッフコンテンツ経由だったり、オンライン接客もブランドによっては月のEC売上高の20%くらいを占めた時期もあった。この半年くらいで顕著なのは、オンライン接客から動画によるライブ配信にスタッフのモチベーションやお客様のニーズが移っていることだ。チャットはテキストでのやり取りがメインのため、はっきりとした目的のあるお客様に限られてきている」
――この数年でEC化率も高まった。
「とくに、20~30代女性向けのブランドを展開するアルページュはEC化率も高いし、OMOが進んでいて自社EC比率も高い。スタッフコンテンツ経由の売り上げが多く、ライブ配信にも積極的だ。ECが好調なブランドは店舗をコンテンツとしてうまく使っているし、店舗送客もできている。新商品が出る前にはインスタライブで販売時期と店舗情報を告知して来店を促している」
「一方で、ライブコマースを実施するときはEC在庫を確保し、ライブを配信している横ではスタッフがECの売り上げをチェックしたりと、チームを組んで臨んでいる」
――オンラインでの取り組みが増える中で、販売員のモチベーションを維持する工夫は。
「常設化するかは分からないが、スタッフコンテンツへのモチベーションを高めるために、社内キャンペーンとして一定期間、スタッフコンテンツ経由の売り上げに応じてインセンティブを支払う取り組みを実施した」
――リアル店舗が回復してきている。
「一時、コロナの感染者も減り、リアル店舗での活動も活発になってきたタイミングで、ECから店舗にいかに送客するかを考えた。まだテスト段階で『ナノ・ユニバース』など2ブランドでしか取り組んでいないが、EC上で来店予約や試着予約ができるサービスを始めた」
「対象ブランドをもう少し拡大しようとしていた矢先に感染者が急増しだしたので、もう一度オンラインを中心に据えるかどうかの岐路に立っている。いずれにせよ、なるべくオンライン上でお客様とのエンゲージメントを高めながら、最後の購入部分で実店舗に送客するのか、EC上で完結するかは状況を見ながら判断する」
――OMOの実証実験に取り組んでいる。
「スマホアプリのチェックイン機能を活用した実証実験をプレイドさん、京セラさんとそれぞれ取り組んでいる。プレイドさんとは、『ナノ・ユニバース』の3店舗でチェックインしてもらうと、お客様のオンライン上の行動履歴をもとに、店頭に在庫があるお気に入り登録商品などをアプリ画面に表示するもので、今はお店のベストセラー商品の紹介や、来店前行動に基づいたコーディネート提案、アイテム提案などをしている」
――成果は。
「チェックイン後のアプリ接客画面を見たお客様の購入率は、見なかったお客様と比べて1・5倍くらいだ。チェックイン当日に店舗かECのどちらかで購入したかどうかを見ていて、施策としての効果はありそうだ」
――京セラさんとの取り組み状況は。
「京セラさんとは、センシングデバイスやビーコンなどを活用して店頭の顧客行動をデータ化することに挑戦していて、『ナノ・ユニバース』のアプリを起動してチェックインすると、個人のIDを特定した上で、ハンガーにかかっている商品を『手に取った』『姿見で合わせた』『試着室に入った』という3段階で関心度をデータ化している」
「今回、3段階のいずれかの行動をしたユーザーにフォローメールを配信していて、メールの開封者は非開封者と比べて1カ月以内の購入率が5倍くらい高く、購入率は70%を超えた。また、開封者の購入単価は非開封者の1・2倍で、『ナノ・ユニバース』の平均購入単価と比べてもはるかに高い金額だ」
――取り組み課題などは。
「お客様が来店前にECで商品をチェックしたその余韻を店舗側に引き継ぎ、店舗で試着した余韻をまたECが引き継ぐということができたと思うし、有用性についても一定程度、評価できる。課題は、体験者の数を増やすことだ」
――店舗側に負荷がかかるのか。
「そこそこ手間がかかる。ハンガーにつけるセンシングデバイスと商品をマッチングしておかないといけない。来店前行動に基づいた接客画面についても、入店時にチェックインを促すアクションが必要になる」
――購入確度が高いユーザー以外にも有効か。
「現時点では、そもそも購入確度が高いお客様の割合が多いものの、今後、店舗を体験の場としていくときのフックにはなる。とくにチェックインはお客様のアクションがセットなので、単純に服を提案する以外のアクションができるのではないか」
「ナノ・ユニバース」などで実施している来店予約の取り組みについては。
「来店予約はOMO実証実験よりも前に始めているのでデータも取れている。2ブランドでの展開だが、月に数百人が利用していて、実際の来店率は60%くらいだ。予約日の数日前にリマインドメールを送っているだけなので、もっと来店率を高める工夫はできる」
「また、実際に来店した予約者の購入率は約65%と高い。一般的なアパレル店舗の購入率は10%程度と認識しているので効果が高いし、サービス・体験として意味があると思う。来店予約については随時、横展開を考えていきたい」
――アパレルではグループが抱えるブランドをそろえたモール型ECが伸びている。
「そこは認識している。当社の場合、各ブランドに紐づいた通販サイトを数多く運営し着地点がたくさんある状況なので、1カ所に着地してもらえる場所は作っていかなければいけない」
――中計の目標達成に向けては効率的にグループの顧客を囲い込める場や施策が必要になりそうだ。
「そのためには会員のあり方を考えなければいけない。今は商品を買うために会員登録を行うが、当社は中計で『ファッションエンターテインメントカンパニー』を掲げているので、買うためにではなく、何かしらのサービスを受けたり、体験したりするために会員になるという流れを作る必要がある」
「モールといっても単純に全ブランドを集めたモール型ECにはならない。もう少し多面的に、お客様への訴求価値をモノ軸以外でも取りそろえていくことが必要だ。会員に対する提供価値をもう一度見つめ直し、新しいモールの形を作っていきたい」
――中計ではすべての業務をECとデジタル優先に組み替えるとしている。
「これはECでドカンと売るために変えるというよりは、今の世の中に合わせようということだ。新作をECでお披露目して予約を受け付け、生産につなげるといった取り組みが当たり前になったときに、リアル店舗だけの発想ではそうならない」
――お店ありきの考え方だけではダメだ。
「デザインや企画の担当者であっても、商品が店頭に並んでいる姿を想像するだけでは不十分で、例えば『ゾゾタウン』に並んでいる姿も想像して、いかに商品の差別化を図るかを発想できないといけない」
「人×デジタル」が進展
アダストリア 執行役員 マーケティング本部長
田中 順一 氏
ーーこの2年間で顧客接点のあり方はどう変わったか。
「当社の一番の強みはリアル店舗だが、コロナ禍で最初の非常事態宣言時に休業してリアルというタッチポイントを失い、ECとSNSしかなかったので、改めてECとSNSを顧客接点の場として強化した」
「その際、店頭スタッフの活用を重視した。スタッフがSNSやデジタル用のコンテンツをたくさんアップしてくれたり、動画で商品の魅力を伝えてくれたりなど、これまで店頭業務のために使っていた時間を工夫してくれたことが大きい。『人×デジタル』という部分が想定していたよりも前倒しで進んだ」
ーー店頭販売員に戸惑いはなかったか。
「教育も行ったが、ECコンテンツ用のスタイリング写真を自宅で撮ってくれたりとか、店頭に立てない中でもできることを工夫してくれた。会社総出でできることを考えながら、インスタライブを通じた発信も一気に加速した。コロナ前と比べてインスタライブの配信回数は格段に増えたし、コンテンツの内容自体も良くなった」
「スタッフになるべく負荷をかけずサイトにアップしやすい当社独自のツールを使って『ドットエスティ』中で展開動画を増やした。SNS上のライブ配信だけでなく、自社ECにもライブ配信の機能を実装し、テーマ別にインフルエンサーやゲストを招くなどして集客を強化している」
ーーかなりのスタッフが参加している。
「ECコンテンツに参加しているスタッフ数はコロナ前の500人程度から4000人くらいになった。参加人数が増えたことで、良い形で投稿を分散でき、発信するスタイリングの幅も広がったことで、さまざまなタイプのお客様に見てもらいやすくなった」
ーー投稿数や内容の質にバラつきが出ることは。
「マーケティング本部でレポーティングを行ってノウハウの共有やプログラムを作るなどスタッフ向けの教育支援を行った。できるだけすべての店舗スタッフがうまく投稿でき、平均点を上げられるようにした。ただ、ルールは半分しか作らないというのが私の方針で、ルールでガチガチに固めるのではなく、工夫してもらう余白を残すことで、スタッフ各自が自由に表現できるし、そこにたくさんのヒントがある」
ーーコロナ禍で生まれたコンテンツは。
「ひとつはほとんどのアイテムに対して、商品詳細ページに画像だけでなく短尺の動画をつけた。商品を手にとれないECでは『生地感などが分かりにくい』という声が多く届いたので、商品に特化した詳細動画を掲載するようにした。ふたつ目は、スタッフによるスタイリングコンテンツの中で、スタッフが商品についてコメントしながら見せる『レビュー動画』をスタートした」
「3つ目は、『ドットエスティ』アプリ内で配信するライブ動画『ライブショッピング』を始めた。『ライブショッピング』では、ライブ中の画面左上に着用商品を表示して、気になったら簡単にお気に入り登録できるようにしたり、ライブに出演中のスタッフをすぐにフォローできるようにした」
ーー店舗が通常営業に戻った後もコンテンツは大事になる。
「ECはすでに買うだけの場所ではない。ECをチェックしてから店舗に行く人は多く、買わなくても情報を得ている。ある程度の規模になったECサイトはリアル店舗も含めて最大の顧客接点の場であることは間違いない。その接点の場が充実すれば、購入の場はリアル店舗でもECでもどちらでもいい」
「ECの売り上げだけを伸ばすことはまったく考えていないし、ECは会社の最大の顧客接点と定義すると、やらなければいけないことが見えてくる。また、『ドットエスティ』で取り扱う自社ブランド数も多いが、無理にブランドミックスで見せようとはしていない。非効率でもしっかり各ブランドのフェイスを立てて、ブランドとしての売り場を設けているのは、ブランド、リアル店舗、人が大事という当社および『ドットエスティ』の考え方を表わしている」
ーーこの2年でEC売り上げを大きく伸ばした。
「ECで販売する在庫がたくさんあったし、店舗スタッフの協力も得てECは大きく成長した。とくに自社ECは2年間で100億円伸ばした。コロナ禍で改めて思ったのは、EC自体が顧客接点の場として進化しないといけないということ。その上で、強みであるリアル店舗と人という資産を生かせるECとしての顧客接点をどう作るか改めて定義するきっかけになった」
ーー店舗に送客するサービスよりもウェブ上での顧客体験を優先してきた。
「コロナ当初はそうだが、2年目には『ドットエスティ』で購入した商品を送料無料で好きな店舗で受け取れるサービスをスタートし、当社の強みであるリアル店舗との連携を強化している。ほぼ全店を対象に受け取りができるし、購入したブランド以外の店舗でも受け取れる」
ーーデジタル上の顧客接点づくりは計画通り進んだか。
「最低限の基盤づくりはできたが、まだまだだと思う。オリジナルのツールを開発できるメンバーやシステム、オンラインコンテンツに協力してくれるスタッフを含めて、やっと装備が整ってきた。コロナ禍を経て現時点のアパレル各社の装備は似ていると思うが、さらなる成長を目指すのに当たって、さまざまな戦略の違いが出てくるのではないか」
ーー中計では『ドットエスティ』のオープン化を掲げている。
「これにはふたつの視点があって、まず当社の中計は『グッドコミュニティの共創をめざして』をタイトルにしている。これからの社会は1社独占ではなく、共創していく時代になる。いかに濃いコミュニティを作るかという勝負になるため、さまざまな企業と協業したり、提携したりすることが増えていくと思う」
「もうひとつが、『ドットエスティ』のアクティブ率を高めるためで、服は3つも買ったらお腹一杯だが、アパレル以外の商材があれば次の選択肢のひとつになり得る。それが食品だったり、美容家電だったりする。当社が持っていないカテゴリーで共創して『ドットエスティ』の品ぞろえに加えさせてもらうことで、当社会員が服以外の商品も買ってもらえればアクティブ率の改善が期待できる。自社ECのオープン化にはこのふたつの視点が大きい」
ーーオープン化の目標は。
「1000社の商品を扱いますという話ではなく、それぞれ特徴のある企業とアダストリアが掛け算することで生まれるシナジーを考えながら取り組む。ただのモール出店で終わったら面白くないので、出店頂く各社との取り組みを濃くしていきたい」
「例えば、『シロカ』さんとの取り組みでは、『ドットエスティ』の人気スタッフが調理器具を体験して商品の魅力を伝える企画ページを展開したり、『シロカ』さんと当社のスタッフが出演する『ライブショッピング』も配信した。こうした共創にしっかり取り組んで、出店者にも喜んでもらえるようにしたい」
ーーとくに強化したい商品カテゴリーは。
「シンプルに当社が持っていないカテゴリーで、ドットエスティ会員や当社スタッフとの親和性が高い商品、ブランドだ。7月下旬にはコスメなどを扱うビューティセレクトショップの『フルーツギャザリング』さんに出店頂く」
ーー今後のEC運営で重視することは。
「ECをエレクトリックコマースから『エンターテイメント・コミュニティ』にしたい。実店舗がなければ普通のECを追求するが、店舗とスタッフという資産があるので、その強みと色を出していく。ライブ配信のクオリティも高め、もっと見ていて楽しく、好きな人たちが集える場にしたい。システムやコンテンツは整ってきたので、次のステージではエンターテイメント・コミュニティを目指す」
オンラインで顧客エンゲージメント強化
TSIホールディングス 執行役員 デジタル戦略統括部長
渡辺 啓之 氏
――コロナ禍で顧客とのコミュニケーションをどのようにとってきたか。
「コロナの最初の頃、店舗がクローズして何を考えたかというと、お客様との信頼関係を築いてきたのは店舗スタッフなので、販売員の活躍の場をオンライン上にいかに用意するかということだった。販売員のコーディネートコンテンツを充実させ、画像であってもお客様がスタッフに触れられる機会を作った」
――チャット対応にも積極的だった。
「オンライン接客にもすぐに取り組んだ。チャットや『HERO』といったテキストと画像でやり取りをするツールがメインで、現状は、ブランドによっては『LINEスタッフスタート』にも取り組んでいる。お客様が困ったらオンライン上でも販売員を頼れるようにした」
――そうしたコミュニケーションを続けた成果は。
「自社ECの売上高のうち40%弱がスタッフコンテンツ経由だったり、オンライン接客もブランドによっては月のEC売上高の20%くらいを占めた時期もあった。この半年くらいで顕著なのは、オンライン接客から動画によるライブ配信にスタッフのモチベーションやお客様のニーズが移っていることだ。チャットはテキストでのやり取りがメインのため、はっきりとした目的のあるお客様に限られてきている」
――この数年でEC化率も高まった。
「とくに、20~30代女性向けのブランドを展開するアルページュはEC化率も高いし、OMOが進んでいて自社EC比率も高い。スタッフコンテンツ経由の売り上げが多く、ライブ配信にも積極的だ。ECが好調なブランドは店舗をコンテンツとしてうまく使っているし、店舗送客もできている。新商品が出る前にはインスタライブで販売時期と店舗情報を告知して来店を促している」
「一方で、ライブコマースを実施するときはEC在庫を確保し、ライブを配信している横ではスタッフがECの売り上げをチェックしたりと、チームを組んで臨んでいる」
――オンラインでの取り組みが増える中で、販売員のモチベーションを維持する工夫は。
「常設化するかは分からないが、スタッフコンテンツへのモチベーションを高めるために、社内キャンペーンとして一定期間、スタッフコンテンツ経由の売り上げに応じてインセンティブを支払う取り組みを実施した」
――リアル店舗が回復してきている。
「一時、コロナの感染者も減り、リアル店舗での活動も活発になってきたタイミングで、ECから店舗にいかに送客するかを考えた。まだテスト段階で『ナノ・ユニバース』など2ブランドでしか取り組んでいないが、EC上で来店予約や試着予約ができるサービスを始めた」
「対象ブランドをもう少し拡大しようとしていた矢先に感染者が急増しだしたので、もう一度オンラインを中心に据えるかどうかの岐路に立っている。いずれにせよ、なるべくオンライン上でお客様とのエンゲージメントを高めながら、最後の購入部分で実店舗に送客するのか、EC上で完結するかは状況を見ながら判断する」
――OMOの実証実験に取り組んでいる。
「スマホアプリのチェックイン機能を活用した実証実験をプレイドさん、京セラさんとそれぞれ取り組んでいる。プレイドさんとは、『ナノ・ユニバース』の3店舗でチェックインしてもらうと、お客様のオンライン上の行動履歴をもとに、店頭に在庫があるお気に入り登録商品などをアプリ画面に表示するもので、今はお店のベストセラー商品の紹介や、来店前行動に基づいたコーディネート提案、アイテム提案などをしている」
――成果は。
「チェックイン後のアプリ接客画面を見たお客様の購入率は、見なかったお客様と比べて1・5倍くらいだ。チェックイン当日に店舗かECのどちらかで購入したかどうかを見ていて、施策としての効果はありそうだ」
――京セラさんとの取り組み状況は。
「京セラさんとは、センシングデバイスやビーコンなどを活用して店頭の顧客行動をデータ化することに挑戦していて、『ナノ・ユニバース』のアプリを起動してチェックインすると、個人のIDを特定した上で、ハンガーにかかっている商品を『手に取った』『姿見で合わせた』『試着室に入った』という3段階で関心度をデータ化している」
「今回、3段階のいずれかの行動をしたユーザーにフォローメールを配信していて、メールの開封者は非開封者と比べて1カ月以内の購入率が5倍くらい高く、購入率は70%を超えた。また、開封者の購入単価は非開封者の1・2倍で、『ナノ・ユニバース』の平均購入単価と比べてもはるかに高い金額だ」
――取り組み課題などは。
「お客様が来店前にECで商品をチェックしたその余韻を店舗側に引き継ぎ、店舗で試着した余韻をまたECが引き継ぐということができたと思うし、有用性についても一定程度、評価できる。課題は、体験者の数を増やすことだ」
――店舗側に負荷がかかるのか。
「そこそこ手間がかかる。ハンガーにつけるセンシングデバイスと商品をマッチングしておかないといけない。来店前行動に基づいた接客画面についても、入店時にチェックインを促すアクションが必要になる」
――購入確度が高いユーザー以外にも有効か。
「現時点では、そもそも購入確度が高いお客様の割合が多いものの、今後、店舗を体験の場としていくときのフックにはなる。とくにチェックインはお客様のアクションがセットなので、単純に服を提案する以外のアクションができるのではないか」
「ナノ・ユニバース」などで実施している来店予約の取り組みについては。
「来店予約はOMO実証実験よりも前に始めているのでデータも取れている。2ブランドでの展開だが、月に数百人が利用していて、実際の来店率は60%くらいだ。予約日の数日前にリマインドメールを送っているだけなので、もっと来店率を高める工夫はできる」
「また、実際に来店した予約者の購入率は約65%と高い。一般的なアパレル店舗の購入率は10%程度と認識しているので効果が高いし、サービス・体験として意味があると思う。来店予約については随時、横展開を考えていきたい」
――アパレルではグループが抱えるブランドをそろえたモール型ECが伸びている。
「そこは認識している。当社の場合、各ブランドに紐づいた通販サイトを数多く運営し着地点がたくさんある状況なので、1カ所に着地してもらえる場所は作っていかなければいけない」
――中計の目標達成に向けては効率的にグループの顧客を囲い込める場や施策が必要になりそうだ。
「そのためには会員のあり方を考えなければいけない。今は商品を買うために会員登録を行うが、当社は中計で『ファッションエンターテインメントカンパニー』を掲げているので、買うためにではなく、何かしらのサービスを受けたり、体験したりするために会員になるという流れを作る必要がある」
「モールといっても単純に全ブランドを集めたモール型ECにはならない。もう少し多面的に、お客様への訴求価値をモノ軸以外でも取りそろえていくことが必要だ。会員に対する提供価値をもう一度見つめ直し、新しいモールの形を作っていきたい」
――中計ではすべての業務をECとデジタル優先に組み替えるとしている。
「これはECでドカンと売るために変えるというよりは、今の世の中に合わせようということだ。新作をECでお披露目して予約を受け付け、生産につなげるといった取り組みが当たり前になったときに、リアル店舗だけの発想ではそうならない」
――お店ありきの考え方だけではダメだ。
「デザインや企画の担当者であっても、商品が店頭に並んでいる姿を想像するだけでは不十分で、例えば『ゾゾタウン』に並んでいる姿も想像して、いかに商品の差別化を図るかを発想できないといけない」
「人×デジタル」が進展
アダストリア 執行役員 マーケティング本部長
田中 順一 氏
ーーこの2年間で顧客接点のあり方はどう変わったか。
「当社の一番の強みはリアル店舗だが、コロナ禍で最初の非常事態宣言時に休業してリアルというタッチポイントを失い、ECとSNSしかなかったので、改めてECとSNSを顧客接点の場として強化した」
「その際、店頭スタッフの活用を重視した。スタッフがSNSやデジタル用のコンテンツをたくさんアップしてくれたり、動画で商品の魅力を伝えてくれたりなど、これまで店頭業務のために使っていた時間を工夫してくれたことが大きい。『人×デジタル』という部分が想定していたよりも前倒しで進んだ」
ーー店頭販売員に戸惑いはなかったか。
「教育も行ったが、ECコンテンツ用のスタイリング写真を自宅で撮ってくれたりとか、店頭に立てない中でもできることを工夫してくれた。会社総出でできることを考えながら、インスタライブを通じた発信も一気に加速した。コロナ前と比べてインスタライブの配信回数は格段に増えたし、コンテンツの内容自体も良くなった」
「スタッフになるべく負荷をかけずサイトにアップしやすい当社独自のツールを使って『ドットエスティ』中で展開動画を増やした。SNS上のライブ配信だけでなく、自社ECにもライブ配信の機能を実装し、テーマ別にインフルエンサーやゲストを招くなどして集客を強化している」
ーーかなりのスタッフが参加している。
「ECコンテンツに参加しているスタッフ数はコロナ前の500人程度から4000人くらいになった。参加人数が増えたことで、良い形で投稿を分散でき、発信するスタイリングの幅も広がったことで、さまざまなタイプのお客様に見てもらいやすくなった」
ーー投稿数や内容の質にバラつきが出ることは。
「マーケティング本部でレポーティングを行ってノウハウの共有やプログラムを作るなどスタッフ向けの教育支援を行った。できるだけすべての店舗スタッフがうまく投稿でき、平均点を上げられるようにした。ただ、ルールは半分しか作らないというのが私の方針で、ルールでガチガチに固めるのではなく、工夫してもらう余白を残すことで、スタッフ各自が自由に表現できるし、そこにたくさんのヒントがある」
ーーコロナ禍で生まれたコンテンツは。
「ひとつはほとんどのアイテムに対して、商品詳細ページに画像だけでなく短尺の動画をつけた。商品を手にとれないECでは『生地感などが分かりにくい』という声が多く届いたので、商品に特化した詳細動画を掲載するようにした。ふたつ目は、スタッフによるスタイリングコンテンツの中で、スタッフが商品についてコメントしながら見せる『レビュー動画』をスタートした」
「3つ目は、『ドットエスティ』アプリ内で配信するライブ動画『ライブショッピング』を始めた。『ライブショッピング』では、ライブ中の画面左上に着用商品を表示して、気になったら簡単にお気に入り登録できるようにしたり、ライブに出演中のスタッフをすぐにフォローできるようにした」
ーー店舗が通常営業に戻った後もコンテンツは大事になる。
「ECはすでに買うだけの場所ではない。ECをチェックしてから店舗に行く人は多く、買わなくても情報を得ている。ある程度の規模になったECサイトはリアル店舗も含めて最大の顧客接点の場であることは間違いない。その接点の場が充実すれば、購入の場はリアル店舗でもECでもどちらでもいい」
「ECの売り上げだけを伸ばすことはまったく考えていないし、ECは会社の最大の顧客接点と定義すると、やらなければいけないことが見えてくる。また、『ドットエスティ』で取り扱う自社ブランド数も多いが、無理にブランドミックスで見せようとはしていない。非効率でもしっかり各ブランドのフェイスを立てて、ブランドとしての売り場を設けているのは、ブランド、リアル店舗、人が大事という当社および『ドットエスティ』の考え方を表わしている」
ーーこの2年でEC売り上げを大きく伸ばした。
「ECで販売する在庫がたくさんあったし、店舗スタッフの協力も得てECは大きく成長した。とくに自社ECは2年間で100億円伸ばした。コロナ禍で改めて思ったのは、EC自体が顧客接点の場として進化しないといけないということ。その上で、強みであるリアル店舗と人という資産を生かせるECとしての顧客接点をどう作るか改めて定義するきっかけになった」
ーー店舗に送客するサービスよりもウェブ上での顧客体験を優先してきた。
「コロナ当初はそうだが、2年目には『ドットエスティ』で購入した商品を送料無料で好きな店舗で受け取れるサービスをスタートし、当社の強みであるリアル店舗との連携を強化している。ほぼ全店を対象に受け取りができるし、購入したブランド以外の店舗でも受け取れる」
ーーデジタル上の顧客接点づくりは計画通り進んだか。
「最低限の基盤づくりはできたが、まだまだだと思う。オリジナルのツールを開発できるメンバーやシステム、オンラインコンテンツに協力してくれるスタッフを含めて、やっと装備が整ってきた。コロナ禍を経て現時点のアパレル各社の装備は似ていると思うが、さらなる成長を目指すのに当たって、さまざまな戦略の違いが出てくるのではないか」
ーー中計では『ドットエスティ』のオープン化を掲げている。
「これにはふたつの視点があって、まず当社の中計は『グッドコミュニティの共創をめざして』をタイトルにしている。これからの社会は1社独占ではなく、共創していく時代になる。いかに濃いコミュニティを作るかという勝負になるため、さまざまな企業と協業したり、提携したりすることが増えていくと思う」
「もうひとつが、『ドットエスティ』のアクティブ率を高めるためで、服は3つも買ったらお腹一杯だが、アパレル以外の商材があれば次の選択肢のひとつになり得る。それが食品だったり、美容家電だったりする。当社が持っていないカテゴリーで共創して『ドットエスティ』の品ぞろえに加えさせてもらうことで、当社会員が服以外の商品も買ってもらえればアクティブ率の改善が期待できる。自社ECのオープン化にはこのふたつの視点が大きい」
ーーオープン化の目標は。
「1000社の商品を扱いますという話ではなく、それぞれ特徴のある企業とアダストリアが掛け算することで生まれるシナジーを考えながら取り組む。ただのモール出店で終わったら面白くないので、出店頂く各社との取り組みを濃くしていきたい」
「例えば、『シロカ』さんとの取り組みでは、『ドットエスティ』の人気スタッフが調理器具を体験して商品の魅力を伝える企画ページを展開したり、『シロカ』さんと当社のスタッフが出演する『ライブショッピング』も配信した。こうした共創にしっかり取り組んで、出店者にも喜んでもらえるようにしたい」
ーーとくに強化したい商品カテゴリーは。
「シンプルに当社が持っていないカテゴリーで、ドットエスティ会員や当社スタッフとの親和性が高い商品、ブランドだ。7月下旬にはコスメなどを扱うビューティセレクトショップの『フルーツギャザリング』さんに出店頂く」
ーー今後のEC運営で重視することは。
「ECをエレクトリックコマースから『エンターテイメント・コミュニティ』にしたい。実店舗がなければ普通のECを追求するが、店舗とスタッフという資産があるので、その強みと色を出していく。ライブ配信のクオリティも高め、もっと見ていて楽しく、好きな人たちが集える場にしたい。システムやコンテンツは整ってきたので、次のステージではエンターテイメント・コミュニティを目指す」