「リスクマネジメントをどうするか、シナリオを描ける人がいなかった」。悠香の自主回収を巡る騒動拡大の背景には、その組織の脆弱性が指摘されている。では、そのような企業の体質はいかに醸成されたのか。元社員の話からは、1つの確立された理念の下に集う、同じベクトルを持つ組織の姿が浮かび上がってくる。このことが事業展開の面では、驚異的な成長スピードを生む原動力となり、一方「回収」という危機に際して経営トップの判断の下、硬直的な対応しか行えなくさせていたのではないか。
悠香には、「思考規範―成果を出す考え方15カ条」と会社の考え方を示す「悠香マインド―日本一愛される会社を目指す15カ条」なるものがある。一般的に言えば社是・社訓のようなものだ。
多くの会社はその理念を示す、こうした規範を持っている。だが、全社員が常態的にその規範を意識し、これに基づく行動を強いられることは多くないように思える。
しかし、悠香の場合は異なる。マインドの一節に「できない理由を考えない、どうすればできるかを考える」という項目がある。共感を呼びそうな言葉ではあるが、その実践は徹底している。
例えばDM製作の一場面。入稿直前、上司から"内容を変えて"と言われたとする。担当社員からすれば危機的状況だが、そこで「できない理由を―」が頭をよぎる。"そうだ、先方に期限を延ばしてもらおう"。
それも1回ならまだいい。だが、さらに入稿直前、上司に改善を求められたとする。「もう絶対無理という状況はよくあります。でもマインドを受け継ぐ上司はそこで"さらに延ばし延ばしすることもできるんですよ。周りに迷惑をかけてもお願いすればできないことはないんだから"と言ってしまう」(元社員)。
会社として主体性を重視し、通常なら入社3、4年の社員がやる仕事を新人に任せるようなことも少なくない。だが結果としてできなかった場合、待っているのは"計画の立て方が悪かったんだね。だってできないことはないんだもの"という評価。またしても「できない理由を―」だ。
「すごく良い言葉だし、確かにどうすればできるか考えることはプラスになります。でも人によって、また使い方を間違えると(仕事の遅滞さえ許す)一つの言い訳になってしまう」(同)。これはマインドの実践を示す一例だが他の条項もエピソードには事欠かない。
◇
マインドに沿った行動ができているか、その評価も行う。端的な例が社員が周りの社員を評価する「360度評価」だ。前出の元社員が話す。
「360度評価では"悪口は言ってないか""守られた期限までに仕事をしているか"など(マインドを具体化した)とにかく細かい項目があり、自分が評価したい社員の名前を複数記載して点数で評価する。最後に自由記述でその社員のいい面、悪い面を書く。年によって内容や名称も変わり、最近受けたものは項目欄に社員名が書いてあり、『できているは○点』『まあまあできているは○点』といった形で会社が示す基準に沿って社員を評価し、コメントを残す形に変わっていた」。
詳細は省くが、このほかに社員が自らを評価する「悠香マインド評価」、部下と上司が評価し合う「上司・部下評価」など半期ごとに数多くの評価制度が存在する。
◇
だが、前出の元社員はこうした制度に疑問を投げかける。
「例えば(悠香)マインドの高い子は電話もすぐ走って取りに行くんですが、行かないと逆の評価をされてしまうかもしれない。中には、仕事ができても言い方がきつい人もいるじゃないですか。そんな人の評価はひどい。どこで粗探しされているか分からず、"密告制度"と呼ばれていました」。
自らの行動一つ一つを評価され、規範の順守が求められる。反発するような人間は他部署に異動となることもあるという。そうして「(トップに)何も言えない組織が出来上がり、結局同じような人しか残らない」(同)。
◇
こうした悠香のシステムについて、元社員は「それが今力になっている。確かに人を育てる力もある。でも人材を留めておく力がない」。また、「そもそも採用の時点で同じような素質の子しか取らないのではないか。みんな基本的に優しく、自分を犠牲にしても他人を立てることができる、似たような人が多い」と話す。
また、別の元社員は「普通ならば回収という事態に見舞われた時、大事に育てた商品を止めたくない社員がいたとしてもブレーキをかける勢力がある。ものづくりの難しさを知る多くの企業はそうした組織のバランスの上で成り立っていると感じる。でも悠香にはそうした人材を許容する土壌がない」と話している。
元社員らが話す悠香の組織実態は、回収を巡り進言するも聞き入れられず会社を去った社員がいたこと、また、リスクマネジメントを行う人間がいなかったと指摘する業界関係者の見方とも符合する。排他的組織となっていたことが回収という事態に硬直的判断しか下せなくさせていたのではないだろうか。
悠香に社内評価制度の目的などに関して質問したのが10月21日だったため、今号掲載までに回答は得られなかったが、悠香からは「ただいま社内にて検討中でございます。改めて連絡申し上げますのでお時間を頂けます様お願い申し上げます」と連絡があった。
(つづく)
悠香には、「思考規範―成果を出す考え方15カ条」と会社の考え方を示す「悠香マインド―日本一愛される会社を目指す15カ条」なるものがある。一般的に言えば社是・社訓のようなものだ。
多くの会社はその理念を示す、こうした規範を持っている。だが、全社員が常態的にその規範を意識し、これに基づく行動を強いられることは多くないように思える。
しかし、悠香の場合は異なる。マインドの一節に「できない理由を考えない、どうすればできるかを考える」という項目がある。共感を呼びそうな言葉ではあるが、その実践は徹底している。
例えばDM製作の一場面。入稿直前、上司から"内容を変えて"と言われたとする。担当社員からすれば危機的状況だが、そこで「できない理由を―」が頭をよぎる。"そうだ、先方に期限を延ばしてもらおう"。
それも1回ならまだいい。だが、さらに入稿直前、上司に改善を求められたとする。「もう絶対無理という状況はよくあります。でもマインドを受け継ぐ上司はそこで"さらに延ばし延ばしすることもできるんですよ。周りに迷惑をかけてもお願いすればできないことはないんだから"と言ってしまう」(元社員)。
会社として主体性を重視し、通常なら入社3、4年の社員がやる仕事を新人に任せるようなことも少なくない。だが結果としてできなかった場合、待っているのは"計画の立て方が悪かったんだね。だってできないことはないんだもの"という評価。またしても「できない理由を―」だ。
「すごく良い言葉だし、確かにどうすればできるか考えることはプラスになります。でも人によって、また使い方を間違えると(仕事の遅滞さえ許す)一つの言い訳になってしまう」(同)。これはマインドの実践を示す一例だが他の条項もエピソードには事欠かない。
◇
マインドに沿った行動ができているか、その評価も行う。端的な例が社員が周りの社員を評価する「360度評価」だ。前出の元社員が話す。
「360度評価では"悪口は言ってないか""守られた期限までに仕事をしているか"など(マインドを具体化した)とにかく細かい項目があり、自分が評価したい社員の名前を複数記載して点数で評価する。最後に自由記述でその社員のいい面、悪い面を書く。年によって内容や名称も変わり、最近受けたものは項目欄に社員名が書いてあり、『できているは○点』『まあまあできているは○点』といった形で会社が示す基準に沿って社員を評価し、コメントを残す形に変わっていた」。
詳細は省くが、このほかに社員が自らを評価する「悠香マインド評価」、部下と上司が評価し合う「上司・部下評価」など半期ごとに数多くの評価制度が存在する。
◇
だが、前出の元社員はこうした制度に疑問を投げかける。
「例えば(悠香)マインドの高い子は電話もすぐ走って取りに行くんですが、行かないと逆の評価をされてしまうかもしれない。中には、仕事ができても言い方がきつい人もいるじゃないですか。そんな人の評価はひどい。どこで粗探しされているか分からず、"密告制度"と呼ばれていました」。
自らの行動一つ一つを評価され、規範の順守が求められる。反発するような人間は他部署に異動となることもあるという。そうして「(トップに)何も言えない組織が出来上がり、結局同じような人しか残らない」(同)。
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こうした悠香のシステムについて、元社員は「それが今力になっている。確かに人を育てる力もある。でも人材を留めておく力がない」。また、「そもそも採用の時点で同じような素質の子しか取らないのではないか。みんな基本的に優しく、自分を犠牲にしても他人を立てることができる、似たような人が多い」と話す。
また、別の元社員は「普通ならば回収という事態に見舞われた時、大事に育てた商品を止めたくない社員がいたとしてもブレーキをかける勢力がある。ものづくりの難しさを知る多くの企業はそうした組織のバランスの上で成り立っていると感じる。でも悠香にはそうした人材を許容する土壌がない」と話している。
元社員らが話す悠香の組織実態は、回収を巡り進言するも聞き入れられず会社を去った社員がいたこと、また、リスクマネジメントを行う人間がいなかったと指摘する業界関係者の見方とも符合する。排他的組織となっていたことが回収という事態に硬直的判断しか下せなくさせていたのではないだろうか。
悠香に社内評価制度の目的などに関して質問したのが10月21日だったため、今号掲載までに回答は得られなかったが、悠香からは「ただいま社内にて検討中でございます。改めて連絡申し上げますのでお時間を頂けます様お願い申し上げます」と連絡があった。
(つづく)