岡山の適格消費者団体が「いわゆる健康食品」の暗示訴求の是正を求めていた差止請求訴訟は9月20日、岡山地裁が請求を棄却した。インシップの販売する健食の広告が医薬品と誤認され、景品表示法の優良誤認にあたると主張していた。昨今の景表法処分で度々「無効」が指摘されてきた「打消し表示」の有効性も認めた。
適格・おかやま「控訴を予定」
消費者ネットおかやまが19年7月、2度に渡り表示是正を求める申し入れを行っていた。いずれも「受取拒絶」で返送されたため、同11月に最終通告にあたる事前請求書を送付。これも「受取拒絶」となったため、20年2月に提訴した。
インシップは「不本意な裁判に巻き込まれたが勝訴判決に安堵した」とコメント。消費者ネットおかやまは、「主張が認められなかったのは残念。控訴を予定」としている。
インシップの新聞広告は、ノコギリヤシエキス配合の健食について、「夜中に何度も…」「外出が不安」「中高年男性のスッキリしない悩みに!」などと記載。寝間着を着た男性が困った表情を浮かべ、下半身を震わせながら扉のノブに手をかけるイラストとともに「何度もソワソワ」などと表示していた。電車に乗った男性が困った表情で下半身を震わせるイラストも掲載していた。
消費者ネットおかやまは、表示を見た消費者の多くは「頻尿」を改善する効果があると認識する可能性が高いと指摘。承認を得ず医薬品的効果を標ぼうしており、医薬品との誤認を招くと主張した。
また、前立腺肥大症の男性を対象にした研究論文でノコギリヤシエキスの影響は認められず、「一部に人での有効性が示唆されていたが、現時点では効果がないと示唆されている」(医薬基盤・健康・栄養研究所、『健康食品』の素材情報データベース)との評価を用いて、根拠もぜい弱と指摘した。
インシップは、表示は抽象的内容で一般に許容される誇張の範囲にとどまると反論。仮に頻尿改善効果が想起されるとしても、合理的根拠があり、「表示」と「商品内容」にかい離はないと主張した。
岡山地裁「医薬品と誤認しない」
判決は、医薬品との誤認について、文言、イラストなど全体印象から、「頻尿の男性に向けた商品との印象を受ける」と判断している。ただ、疾病名や症状、具体的な治療効果の記載はなく、体験談も「飲んでみたら、早めにスッキリした」、「寒い時期も乗り切れそうです」など、抽象的内容にとどまると評価。加えて「個人の感想です。効果効能を保証するものではありません」との脚注、パッケージの「栄養補助食品」、「健康食品のインシップ」の記載から「医薬品との誤認を引き起こすおそれはない」と判断した。
頻尿改善効果「否定できない」
頻尿改善効果については、双方が根拠として示した肯定・否定を含む前立腺肥大症の男性を対象にした複数の研究論文を評価。「肯定する研究報告も相当数みられ、少なくとも個人差のある一定程度の頻尿改善効果が認められる可能性は否定しきれない」と判断した。「有効性を厳格に審査して承認を受けた医薬品でも治療効果が否定する試験結果は存在し得る。その場合もただちに治療効果がないと評価できない」とも指摘した。
こうした評価を受け、広告は、「改善効果が得られる可能性があるとの印象を生じさせるものにとどまり、個人差があることも想定できる。(効果の)可能性が否定できないとすると、一般に許容されている限度を超えて、『著しく優良』であるとの誤認を与えるものとまではいえない」として、消費者ネットおかやまの請求を棄却した。
「打消し無効」の定説覆す判決
健食の暗示訴求は、アイケアの健食で「ボンヤリ・にごった感じに」と表示し、17年に景表法処分を受けただいにち堂の事件以降、リスクを伴うものと事業者に認識された。「打消し表示」も17~18年にかけて複数回に渡り行政調査が行われて以降、度重なる「無効判断」で否定されてきた。その意味で、判決は、一定の効果を示す根拠があれば暗示表現が認められることを示しただけでなく、「打消し表示」の有効性、「著しく優良」の評価を示している点で貴重といえる。
ただ、判決はあくまで個別事案であることに留意する必要がある。
アイケアの健食を対象にした行政処分取消訴訟で敗訴しただいにち堂(今年3月、最高裁で確定)との違いの一つは、科学的根拠。ノコギリヤシエキスの「頻尿改善効果」は、前立腺肥大症の患者を対象にした数多くの研究論文があった。消費者ネットおかやまが仕掛けた争点が「効果の有無」であるため、疾病者を対象にした研究論文を含め、立証すればよい点が事業者側に有利に働いたとみられる。機能性表示食品のように”健常者”を対象に評価する条件がなければ、「一定の効果」という意味で「否定より肯定的な内容が多く、効果がないとまでは言い切れない」(業界関係者)。適格団体が、医薬的効果を争点に否定的な研究論文を示した戦術ミスもあるだろう。
指摘を受けた広告も、例えば「尿がでやすくなる」、「トイレの回数が減る」など、具体的な効果の保証表現を避けた抽象的な内容。加えて対象にした広告は一点。販促物などを含め広く表示を収集し、精査していない消費者ネットおかやま側の準備不足もありそうだ。
◇
「一定の効果」は期待できても機能性表示食品の届出にはハードルがある。尿の悩み関連の届出は、女性を対象に「トイレが近いと感じている女性の排尿に行くわずらわしさをやわらげる」(機能性関与成分・クランベリー由来のキナ酸)という表示の1件のみ。男性向けは、前立腺肥大症とのすみ分けなど健常者の定義、判定手法が難しく、届出実績はない。
すでに公表されている機能性表示食品の表示、根拠を背景に、健食で機能を表示した場合は、「保健機能食品と紛らわしい表示」として、食品表示法の指示・命令の対象になる。
相次ぐ敗訴判決、「適格性に疑念」の声も
<適格消費者団体の差止請求訴訟>
適格消費者団体による差止請求訴訟で敗訴が相次いだ。現行法では、消費者利益を害する譲歩による和解、反社会的勢力の関与がなければ「認定」は維持される。このため、「問題提起」が目的になり、規制法の観点から内容が精査されていない事案も目立つ。申し入れ放題、訴え放題と受け止められかねない事態が生じている。
消費者被害防止ネットワーク東海(=Cネット東海)がファビウスに対して行っていた差止請求訴訟は、今年3月、最高裁が請求を棄却した。定期購入に関する表示が景品表示法の「有利誤認」にあたると主張していたものだ。
ただ、広告内でファビウスは契約条件を繰り返し表示。名古屋高裁では、「契約内容に関心のある消費者なら、少なくとも1つは見る」、「この部分にすら全く目を通さない消費者がいるとすれば、もはや保護に値しない」とまで言及した。最高裁もこの判決を容れた。
ここまでの判決を受けてもCネット東海は、ホームページで「消費者保護に反する不当な判断」などと見解を披露していた。申し入れを通じ一部表示も是正されたことから「一定の成果が得られた」と、謝罪や反省の弁はない。事業者側は、「不当表示を行っているかのような情報発信でレピュテーションに大きな損害を受けた。消費者利益のために公平な立場で業務を行うべき立場として、適格性に疑念がある」(ファビウス)と振り返る。
インシップに対する差止請求訴訟も、対象の広告は一点。広く情報収集して表示の妥当性が精査された形跡がない。
一方、現在、消費者庁で行われている「景品表示法検討会」では、消費者利益の確保に向け、消費者団体が事業者への立証責任の転換を念頭に置いた合理的根拠の要求権限、提出を受けた根拠の分析等について国の関連機関に依頼する権限、消費者庁が得た端緒情報の共有など、自らの権限拡大を要求している。今回の敗訴もこうした権限不足に理由を求めるのではないか。
日本通信販売協会は、権利行使の乱発に懸念を表明しているが、権利には責任が伴う。事業者にとっては訴訟の行為自体の公表が事業活動のマイナス影響を及ぼすが、適格団体は敗訴しても社会的ダメージは少ない。まずは、認定や取消基準など、団体の適格性を判断する要件を見直すべきだろう。
適格・おかやま「控訴を予定」
消費者ネットおかやまが19年7月、2度に渡り表示是正を求める申し入れを行っていた。いずれも「受取拒絶」で返送されたため、同11月に最終通告にあたる事前請求書を送付。これも「受取拒絶」となったため、20年2月に提訴した。
インシップは「不本意な裁判に巻き込まれたが勝訴判決に安堵した」とコメント。消費者ネットおかやまは、「主張が認められなかったのは残念。控訴を予定」としている。
インシップの新聞広告は、ノコギリヤシエキス配合の健食について、「夜中に何度も…」「外出が不安」「中高年男性のスッキリしない悩みに!」などと記載。寝間着を着た男性が困った表情を浮かべ、下半身を震わせながら扉のノブに手をかけるイラストとともに「何度もソワソワ」などと表示していた。電車に乗った男性が困った表情で下半身を震わせるイラストも掲載していた。
消費者ネットおかやまは、表示を見た消費者の多くは「頻尿」を改善する効果があると認識する可能性が高いと指摘。承認を得ず医薬品的効果を標ぼうしており、医薬品との誤認を招くと主張した。
また、前立腺肥大症の男性を対象にした研究論文でノコギリヤシエキスの影響は認められず、「一部に人での有効性が示唆されていたが、現時点では効果がないと示唆されている」(医薬基盤・健康・栄養研究所、『健康食品』の素材情報データベース)との評価を用いて、根拠もぜい弱と指摘した。
インシップは、表示は抽象的内容で一般に許容される誇張の範囲にとどまると反論。仮に頻尿改善効果が想起されるとしても、合理的根拠があり、「表示」と「商品内容」にかい離はないと主張した。
岡山地裁「医薬品と誤認しない」
判決は、医薬品との誤認について、文言、イラストなど全体印象から、「頻尿の男性に向けた商品との印象を受ける」と判断している。ただ、疾病名や症状、具体的な治療効果の記載はなく、体験談も「飲んでみたら、早めにスッキリした」、「寒い時期も乗り切れそうです」など、抽象的内容にとどまると評価。加えて「個人の感想です。効果効能を保証するものではありません」との脚注、パッケージの「栄養補助食品」、「健康食品のインシップ」の記載から「医薬品との誤認を引き起こすおそれはない」と判断した。
頻尿改善効果「否定できない」
頻尿改善効果については、双方が根拠として示した肯定・否定を含む前立腺肥大症の男性を対象にした複数の研究論文を評価。「肯定する研究報告も相当数みられ、少なくとも個人差のある一定程度の頻尿改善効果が認められる可能性は否定しきれない」と判断した。「有効性を厳格に審査して承認を受けた医薬品でも治療効果が否定する試験結果は存在し得る。その場合もただちに治療効果がないと評価できない」とも指摘した。
こうした評価を受け、広告は、「改善効果が得られる可能性があるとの印象を生じさせるものにとどまり、個人差があることも想定できる。(効果の)可能性が否定できないとすると、一般に許容されている限度を超えて、『著しく優良』であるとの誤認を与えるものとまではいえない」として、消費者ネットおかやまの請求を棄却した。
「打消し無効」の定説覆す判決
健食の暗示訴求は、アイケアの健食で「ボンヤリ・にごった感じに」と表示し、17年に景表法処分を受けただいにち堂の事件以降、リスクを伴うものと事業者に認識された。「打消し表示」も17~18年にかけて複数回に渡り行政調査が行われて以降、度重なる「無効判断」で否定されてきた。その意味で、判決は、一定の効果を示す根拠があれば暗示表現が認められることを示しただけでなく、「打消し表示」の有効性、「著しく優良」の評価を示している点で貴重といえる。
ただ、判決はあくまで個別事案であることに留意する必要がある。
アイケアの健食を対象にした行政処分取消訴訟で敗訴しただいにち堂(今年3月、最高裁で確定)との違いの一つは、科学的根拠。ノコギリヤシエキスの「頻尿改善効果」は、前立腺肥大症の患者を対象にした数多くの研究論文があった。消費者ネットおかやまが仕掛けた争点が「効果の有無」であるため、疾病者を対象にした研究論文を含め、立証すればよい点が事業者側に有利に働いたとみられる。機能性表示食品のように”健常者”を対象に評価する条件がなければ、「一定の効果」という意味で「否定より肯定的な内容が多く、効果がないとまでは言い切れない」(業界関係者)。適格団体が、医薬的効果を争点に否定的な研究論文を示した戦術ミスもあるだろう。
指摘を受けた広告も、例えば「尿がでやすくなる」、「トイレの回数が減る」など、具体的な効果の保証表現を避けた抽象的な内容。加えて対象にした広告は一点。販促物などを含め広く表示を収集し、精査していない消費者ネットおかやま側の準備不足もありそうだ。
◇
「一定の効果」は期待できても機能性表示食品の届出にはハードルがある。尿の悩み関連の届出は、女性を対象に「トイレが近いと感じている女性の排尿に行くわずらわしさをやわらげる」(機能性関与成分・クランベリー由来のキナ酸)という表示の1件のみ。男性向けは、前立腺肥大症とのすみ分けなど健常者の定義、判定手法が難しく、届出実績はない。
すでに公表されている機能性表示食品の表示、根拠を背景に、健食で機能を表示した場合は、「保健機能食品と紛らわしい表示」として、食品表示法の指示・命令の対象になる。
相次ぐ敗訴判決、「適格性に疑念」の声も
<適格消費者団体の差止請求訴訟>
適格消費者団体による差止請求訴訟で敗訴が相次いだ。現行法では、消費者利益を害する譲歩による和解、反社会的勢力の関与がなければ「認定」は維持される。このため、「問題提起」が目的になり、規制法の観点から内容が精査されていない事案も目立つ。申し入れ放題、訴え放題と受け止められかねない事態が生じている。
消費者被害防止ネットワーク東海(=Cネット東海)がファビウスに対して行っていた差止請求訴訟は、今年3月、最高裁が請求を棄却した。定期購入に関する表示が景品表示法の「有利誤認」にあたると主張していたものだ。
ただ、広告内でファビウスは契約条件を繰り返し表示。名古屋高裁では、「契約内容に関心のある消費者なら、少なくとも1つは見る」、「この部分にすら全く目を通さない消費者がいるとすれば、もはや保護に値しない」とまで言及した。最高裁もこの判決を容れた。
ここまでの判決を受けてもCネット東海は、ホームページで「消費者保護に反する不当な判断」などと見解を披露していた。申し入れを通じ一部表示も是正されたことから「一定の成果が得られた」と、謝罪や反省の弁はない。事業者側は、「不当表示を行っているかのような情報発信でレピュテーションに大きな損害を受けた。消費者利益のために公平な立場で業務を行うべき立場として、適格性に疑念がある」(ファビウス)と振り返る。
インシップに対する差止請求訴訟も、対象の広告は一点。広く情報収集して表示の妥当性が精査された形跡がない。
一方、現在、消費者庁で行われている「景品表示法検討会」では、消費者利益の確保に向け、消費者団体が事業者への立証責任の転換を念頭に置いた合理的根拠の要求権限、提出を受けた根拠の分析等について国の関連機関に依頼する権限、消費者庁が得た端緒情報の共有など、自らの権限拡大を要求している。今回の敗訴もこうした権限不足に理由を求めるのではないか。
日本通信販売協会は、権利行使の乱発に懸念を表明しているが、権利には責任が伴う。事業者にとっては訴訟の行為自体の公表が事業活動のマイナス影響を及ぼすが、適格団体は敗訴しても社会的ダメージは少ない。まずは、認定や取消基準など、団体の適格性を判断する要件を見直すべきだろう。