千趣会は、前期(2020年12月)までに通販事業の構造改革が進展し、再成長に向けた準備を整えた。25年12月期を最終年とした5カ年の新中期経営計画では、コロナ禍で社会インフラとしての通販の重要性が高まる中、守りから攻めの戦略に転換する。そのためにも、マスビジネスと従来型のカタログ通販モデルからの脱却を図り、消費者と協業先を巻き込んだ”共創モデル”を軸にした通販事業の確立を目指すという。
千趣会は前中計(18年~20年)で通販事業の立て直しに向け「会員基盤の再構築」と「商品力・提案力の強化」「オペレーション改革」の3領域を重点的に取り組んだ結果、復活会員を中心としたアクティブ会員の増加や、商品1型当たりの売上高拡大、売上総利益率の改善など各領域で成果を上げた。
コロナ禍における消費者の通販利用拡大という追い風もあって20年12月期の通販事業は増収増益で6年ぶりの黒字化を達成した。
今上期は、昨年のコロナ禍で売り上げをけん引したインテリア・リビング用品など大型商品のニーズが一巡したことや、昨年よりも販促規模を縮小し、復活会員に対する継続利用促進策を優先したこともあって通販事業の売上高は前年同期比約5%減となったが、継続的なオペレーション改革などによって増益を維持した。
今期からスタートした新中計では構造改革の成果を基盤に、コロナ禍による価値観や消費行動の変化を好機ととらえて、「守りから攻めの戦略に移る」(梶原健司社長)とする。
一方で、中計の期間を5年間としたのは、従来型のカタログ通販モデルでは中長期的に売り上げ、利益ともに大幅に伸ばしていく姿を描きづらいことから、千趣会が発信する価値観に共感できる人と企業同士がつながる独自の”共創モデル”に通販事業を変革する必要があるという。
それにはモバイルを軸に顧客とのコミュニケーションを継続的に図り、顧客理解を深めることができる仕組みと体制作りが不可欠とする。
また、カタログは優良顧客に直接リーチできることに加え、顧客の反応を見ながら媒体の中身を再設計できる有効な武器であることから、カタログに投資をしながら、長年の課題でもあるウェブシフトを推進するため、短期間で通販事業の売上高と利益を同時に追求するのは現実的でないと判断した。
新中計の数値目標は今期見込みの売上高760億円、営業利益10億円に対し、25年12月期に売上高900億円、営業利益40億円を目指すが、共創モデルへの変革にはコストと時間がかかるため、業績への効果発現の中心は中計の後半になりそう。
商品企画時に"使用価値”を重視
5カ年の中計では、「使用価値」の最大化にも取り組んでサステナブルな社会の実現に貢献する。同社では、品質や価格、気の利いたデザイン、長く使える素材やアイデアといった物やサービスそのものの価値に加え、使用中、使用後のサービスも含めた価値を「使用価値」ととらえ、その最大化に向けて事業モデルを再構築する。
具体的には、「使用価値の最大化」を商品ポリシーとし、環境にやさしい商品や安心して使えるアイテムを増やして使用後のリサイクル、リユースの拡大につなげる。
パートナー企業の協力も得て、顧客が罪悪感なく商品を手放せる買い取りサービスや、愛着のある商品をより長く使えるようにする修繕サービスなどの仕組みを構築する。
一環として、オークネットと協業し、ベルメゾン会員に向けてベルメゾン以外の商品も対象に衣料品を中心とした買い取りサービスを年内に始める。
また、自社アプリなどを通じて商品の使用前だけでなく、使用中、使用後も双方向のコミュニケーションを図れるようにし、顧客データベースの充実化につなげる。ロイヤリティプログラムも再整備して購買データ以外の行動データを蓄積できるようにする。
こうした「使用価値」の観点から事業モデルを再構築することで、使用中、使用後にフォーカスした広告提案や協業先へのフィードバックなども可能になるとしている。
顧客とのタッチポイントとしてはオフラインも活用し、商品の実物確認やサービス提供、決済やポイントなどの便利なデジタル機能と連動させたリアル店舗展開を進める。
千趣会の筆頭株主になったJR東日本との協業ではすでに、今年3月にJR東日本が運営するECモール「JREモール」にベルメゾン店を出店したほか、JR品川駅でのポップアップ催事への参加に加え、5月21日にはJR東京駅構内の商業施設「グランスタ東京」にベルメゾンのリアルショップを出店し、「JREモール」と連携したOMOモデルの店舗にも挑戦している(
画像㊤)。
一方、コロナ禍で打撃を受けたブライダル関連は、想定よりも通販事業とのシナジーが少なかったことや、対象企業の財務基盤を強固にすることが企業価値の向上につながると判断。資本政策を見直し、千趣会グループとしての事業運営を取りやめている。
今後は通販事業に経営資源を集中投下し、当該事業を中核とした成長戦略を推し進める方針で、”共感”と”共創”をキーワードにした新たな事業モデルを確立し、収益力を高めることができるか注目を集めそうだ。
“共創モデル”で再成長へ、マスビジネスからの脱却も
【千趣会の梶原健司社長に聞く 新中計で目指す姿は?】
千趣会の梶原健司社長に、2025年度までの新中計の骨子などを聞いた。
――前期までの3カ年計画では守りの部分が大きかった。
「18年11月に社長に就任してもうすぐ丸3年になるが、この3年間は大変だった。17年度の経営危機から脱するために、18年度から広範囲にわたる構造改革を実施し、当初は人員やあらゆる資産のコスト削減を徹底した。19年度は在庫を残さない粗利改善のオペレーション改革と、顧客起点のマーケティングの強化、オリジナルを中心とした商品力と提案力の強化に取り組んできた」
――ブランドコードも見直した。
「構造改革と並行して、19年度からは千趣会らしさを取り戻すために、『愛、のち、アイデア。』というベルメゾンのブランドコードを掲げて行動指針とした。商品企画やカタログの表現、コールセンターの顧客対応、物流拠点での梱包のあり方など各部署がブランドコードに向き合うことで、当社の人格、お客様への提供価値が統一されてきた」
――ようやく社長として成長に向けた舵取りに専念できる。
「コロナの影響を受けているブライダル事業への出資を見直す一方、社会的なインフラとしての重要性が増している通販事業への投資を強化している。改めて通販事業を中核とした、守りから攻めの成長戦略に移行するには良いタイミングだ。ただ、従来型のカタログ通販モデルから脱却する必要があり、お客様や協業先を巻き込んだ、千趣会ならではの『共創モデル』を軸にした通販事業を確立しなければいけない」
――新中計の数値目標は。
「21年12月期は売上高760億円、営業利益10億円を見込んでいるが、中計最終年の25年12月期には売上高900億円、営業利益40億円、ROE8%以上を計画している」
――新中計を5カ年とした理由は。
「今年、千趣会は創業66年、通販事業は45年になるが、100年企業を目指す上で、この新中計は非常に大事だ。短期間で通販事業の変革を実現するのは難しく、具体的な仕組み作りが必要なため5カ年とした」
――今のカタログ通販モデルだけで中長期的なトップラインと利益面の成長を描くのは難しい。
「難しいと思う。ただ、カタログ通販は大切な事業で、カタログへの投資を継続しながらウェブに投資していく。一方でウェブ広告費は上がっているし、カタログに比べてライトユーザーの割合が多い市場で勝負するとなると、先行投資型にならざるを得ない」
――戦略性を欠いた急激なウェブシフトで失敗した経験もある。
「失敗を繰り返さないためにも当社の本質的な強みをベースにしつつ、テクノロジーも組み入れていく。新中計でも通販事業は中核となるが、差別化された独自のビジネスモデルを構築してお客様に価値を提供できるかが勝負所になる」
――顧客理解が大事になる。
「その通りだ。当社のベースは頒布会という独自のシステムでOLさんをターゲットにし、全国の営業マンがOLさんと対話をして生の声を拾い、独自性を発揮していた」
「その後、通販市場がどんどん成長し、当社も拡大基調で売上高2000億円超を目指していた時代があった。社内でさまざまな議論はあったが、『ベルメゾン家族』という媒体を発刊してOLさんから家族にターゲットを拡大するなどマスビジネスを志向する中で、どこかで千趣会としての特徴がなくなってきた。『物作りも自社で』とSPA型を目指した時期もあったが、大事なのはお客様の立場にどれだけなれたかということ。前中計でも顧客視点を重視したが、新中計でももう一度お客様に向き合う」
――マスビジネスからも脱却を図る。
「マスビジネスを志向して何百ページのカタログを何千万部も発行していると、万人受けする商品を万人受けする価格でという風になってしまう。オリジナル商品にこだわって、共感が得られる商品を提供することでファンを増やしてきた千趣会にもう一度立ち返らないといけない。前中計で人格を形成し直してきたが、お客様に共感してもらえる特徴が出せているかというとまだ不十分だ」
――社名を「ベルメゾン」にすべきという意見も社内で上がったと聞く。
「『脱マス』を掲げる中で千趣会という響きが古いという声があった。当社は『こけし千体趣味蒐集の会』が社名の由来だが、改めて千趣会という社名に使われている『千の趣き』という言葉は、趣味にとどまらず、お客様に共感してもらえる数多くのテーマととらえることもできる。そうしたテーマや価値を提供できる会社を目指すことで、もっとお客様に寄り添えるはずだ」
心が通う「通心販売」に
――具体的な共感テーマについては。
「例えば当社が強い育児分野などがそうで、育児は楽しい反面、悩みを抱える人も多いテーマだ。趣味分野ではディズニー社と28年間の取り引き実績があって、ディズニーファンの人たちとコミュニケーションを図りながらオリジナル商品を展開している」
「そうした共通のテーマをいくつも作り、テーマでつながる人たちに寄り添っていく。デジタルも活用してお客様と意見交換できる仕組みを作る。同時に、当社の考え方、価値観に共感してくれて、かつ独自性と品質の高い取引先企業さんと一緒に、共創モデルで商品やサービスを提供していきたい」
――顧客との接点作りについては。
「お客様とマンツーマンで対話できるデジタルの仕組みを導入したり、JR東日本さんとの協業によるリアルのタッチポイントも駆使し、お客様をよく知ることに努める。登録会員数約20万人のモニターサイト『ベルメゾンデッセ』のデータベースも活用して一方向の『to』ではなく、『with』の関係を目指す」
――顧客視点というのは案外難しい。
「結局のところ、どれくらいお客様の立場に立ったコーディネーターになれるかにつきる。データやテクノロジーも使ってお客様と深くつながっていくことで、さまざまな生活シーンでお客様が感じている不満、不安、不都合といった、さまざまな『不』のギャップを埋めるオリジナル商品を提案できる。単なる通信販売ではなく、お客様と本当の意味で心が通う『通心販売』にしていきたい」
――各種テーマの創出だけで5年後の売上高900億円は達成可能か。
「共感できるテーマをどれだけ作れるかという部分に加えて、新中計では商品の『使用価値』を追求していく。『使用価値』とは物やサービスそのものの価値だけでなく、商品の使用中、使用後のサービスも組み合わせた価値となる。『消費から使用へ』という世の中の潮流を先取りして『使用価値』の最大化を目指す。今後は、『使用価値』を商品企画のポリシーにしていく」
――SDGsの取り組みが求められる。
「前中計では会社の立て直しに手いっぱいだったが、今後はESGやSDGsなど企業の持続的な発展に不可欠な新たな規範への対応も重視する。とくに、当社が手がける通販を中心とした事業活動の延長線上にSDGsがあると認識している。『売ったら終わり』という時代は終わって、『売ったらその後の責任もある』という風になっていく」
――消費者の意識も変化している。
「当社がお客様に実施したアンケート調査では、『千趣会の商品は長く使える』とか『愛着のある商品が多い』というような声が結構あった。それは当社の強みで、もっと磨いていく必要がある」
「共感テーマをベースにどういう商品が愛着をもって長く使ってもらえるかを考えて商品化し、さらに長く使ってもらうための修繕や、使用後のリユースやリサイクルといった仕組みも整えていきたい。すぐに商品を置き換えていくのは難しいが、そうした部分に真剣に取り組む企業しか共感を得られなくなると思う」
――オークネットと協業する。
「リユースやリサイクルの段階では、お客様に気兼ねなく商品を手放してもらえるように、オークネットさんと組んだ。今回の提携では、まずは衣料品を中心にベルメゾン以外の商品も含めて年内に買い取りサービスを始める」
――社会的な責任以外に、二次流通に取り組む利点は。
「お客様との接点を販売時で終わらせずに、継続的にコミュニケーションをとることで、『商品が売れた』という従来のデータだけでなく、使用中、使用後のデータも取得、蓄積できる。これを協業先にフィードバックすれば物作りにも生かせるし、新たな広告メニューにもなり得る」
――売上高や利益面の本格的な成長はいつ頃になりそうか。
「新たな通販モデルを目指した基盤や仕組み作りには一定の時間と労力がかかる。最初の3年くらいでしっかり仕組みを整えた上で、新中計の後半には千趣会のファンを増やし、利益を追求しながら25年度の目標達成に向けてスピードを上げる予定だ。その間に世の中も変化すると思うので、そうした変化対応も必要になる」
千趣会は前中計(18年~20年)で通販事業の立て直しに向け「会員基盤の再構築」と「商品力・提案力の強化」「オペレーション改革」の3領域を重点的に取り組んだ結果、復活会員を中心としたアクティブ会員の増加や、商品1型当たりの売上高拡大、売上総利益率の改善など各領域で成果を上げた。
コロナ禍における消費者の通販利用拡大という追い風もあって20年12月期の通販事業は増収増益で6年ぶりの黒字化を達成した。
今上期は、昨年のコロナ禍で売り上げをけん引したインテリア・リビング用品など大型商品のニーズが一巡したことや、昨年よりも販促規模を縮小し、復活会員に対する継続利用促進策を優先したこともあって通販事業の売上高は前年同期比約5%減となったが、継続的なオペレーション改革などによって増益を維持した。
今期からスタートした新中計では構造改革の成果を基盤に、コロナ禍による価値観や消費行動の変化を好機ととらえて、「守りから攻めの戦略に移る」(梶原健司社長)とする。
一方で、中計の期間を5年間としたのは、従来型のカタログ通販モデルでは中長期的に売り上げ、利益ともに大幅に伸ばしていく姿を描きづらいことから、千趣会が発信する価値観に共感できる人と企業同士がつながる独自の”共創モデル”に通販事業を変革する必要があるという。
それにはモバイルを軸に顧客とのコミュニケーションを継続的に図り、顧客理解を深めることができる仕組みと体制作りが不可欠とする。
また、カタログは優良顧客に直接リーチできることに加え、顧客の反応を見ながら媒体の中身を再設計できる有効な武器であることから、カタログに投資をしながら、長年の課題でもあるウェブシフトを推進するため、短期間で通販事業の売上高と利益を同時に追求するのは現実的でないと判断した。
新中計の数値目標は今期見込みの売上高760億円、営業利益10億円に対し、25年12月期に売上高900億円、営業利益40億円を目指すが、共創モデルへの変革にはコストと時間がかかるため、業績への効果発現の中心は中計の後半になりそう。
商品企画時に"使用価値”を重視
5カ年の中計では、「使用価値」の最大化にも取り組んでサステナブルな社会の実現に貢献する。同社では、品質や価格、気の利いたデザイン、長く使える素材やアイデアといった物やサービスそのものの価値に加え、使用中、使用後のサービスも含めた価値を「使用価値」ととらえ、その最大化に向けて事業モデルを再構築する。
具体的には、「使用価値の最大化」を商品ポリシーとし、環境にやさしい商品や安心して使えるアイテムを増やして使用後のリサイクル、リユースの拡大につなげる。
パートナー企業の協力も得て、顧客が罪悪感なく商品を手放せる買い取りサービスや、愛着のある商品をより長く使えるようにする修繕サービスなどの仕組みを構築する。
一環として、オークネットと協業し、ベルメゾン会員に向けてベルメゾン以外の商品も対象に衣料品を中心とした買い取りサービスを年内に始める。
また、自社アプリなどを通じて商品の使用前だけでなく、使用中、使用後も双方向のコミュニケーションを図れるようにし、顧客データベースの充実化につなげる。ロイヤリティプログラムも再整備して購買データ以外の行動データを蓄積できるようにする。
こうした「使用価値」の観点から事業モデルを再構築することで、使用中、使用後にフォーカスした広告提案や協業先へのフィードバックなども可能になるとしている。
顧客とのタッチポイントとしてはオフラインも活用し、商品の実物確認やサービス提供、決済やポイントなどの便利なデジタル機能と連動させたリアル店舗展開を進める。
千趣会の筆頭株主になったJR東日本との協業ではすでに、今年3月にJR東日本が運営するECモール「JREモール」にベルメゾン店を出店したほか、JR品川駅でのポップアップ催事への参加に加え、5月21日にはJR東京駅構内の商業施設「グランスタ東京」にベルメゾンのリアルショップを出店し、「JREモール」と連携したOMOモデルの店舗にも挑戦している(画像㊤)。
一方、コロナ禍で打撃を受けたブライダル関連は、想定よりも通販事業とのシナジーが少なかったことや、対象企業の財務基盤を強固にすることが企業価値の向上につながると判断。資本政策を見直し、千趣会グループとしての事業運営を取りやめている。
今後は通販事業に経営資源を集中投下し、当該事業を中核とした成長戦略を推し進める方針で、”共感”と”共創”をキーワードにした新たな事業モデルを確立し、収益力を高めることができるか注目を集めそうだ。
“共創モデル”で再成長へ、マスビジネスからの脱却も
【千趣会の梶原健司社長に聞く 新中計で目指す姿は?】
千趣会の梶原健司社長に、2025年度までの新中計の骨子などを聞いた。
――前期までの3カ年計画では守りの部分が大きかった。
「18年11月に社長に就任してもうすぐ丸3年になるが、この3年間は大変だった。17年度の経営危機から脱するために、18年度から広範囲にわたる構造改革を実施し、当初は人員やあらゆる資産のコスト削減を徹底した。19年度は在庫を残さない粗利改善のオペレーション改革と、顧客起点のマーケティングの強化、オリジナルを中心とした商品力と提案力の強化に取り組んできた」
――ブランドコードも見直した。
「構造改革と並行して、19年度からは千趣会らしさを取り戻すために、『愛、のち、アイデア。』というベルメゾンのブランドコードを掲げて行動指針とした。商品企画やカタログの表現、コールセンターの顧客対応、物流拠点での梱包のあり方など各部署がブランドコードに向き合うことで、当社の人格、お客様への提供価値が統一されてきた」
――ようやく社長として成長に向けた舵取りに専念できる。
「コロナの影響を受けているブライダル事業への出資を見直す一方、社会的なインフラとしての重要性が増している通販事業への投資を強化している。改めて通販事業を中核とした、守りから攻めの成長戦略に移行するには良いタイミングだ。ただ、従来型のカタログ通販モデルから脱却する必要があり、お客様や協業先を巻き込んだ、千趣会ならではの『共創モデル』を軸にした通販事業を確立しなければいけない」
――新中計の数値目標は。
「21年12月期は売上高760億円、営業利益10億円を見込んでいるが、中計最終年の25年12月期には売上高900億円、営業利益40億円、ROE8%以上を計画している」
――新中計を5カ年とした理由は。
「今年、千趣会は創業66年、通販事業は45年になるが、100年企業を目指す上で、この新中計は非常に大事だ。短期間で通販事業の変革を実現するのは難しく、具体的な仕組み作りが必要なため5カ年とした」
――今のカタログ通販モデルだけで中長期的なトップラインと利益面の成長を描くのは難しい。
「難しいと思う。ただ、カタログ通販は大切な事業で、カタログへの投資を継続しながらウェブに投資していく。一方でウェブ広告費は上がっているし、カタログに比べてライトユーザーの割合が多い市場で勝負するとなると、先行投資型にならざるを得ない」
――戦略性を欠いた急激なウェブシフトで失敗した経験もある。
「失敗を繰り返さないためにも当社の本質的な強みをベースにしつつ、テクノロジーも組み入れていく。新中計でも通販事業は中核となるが、差別化された独自のビジネスモデルを構築してお客様に価値を提供できるかが勝負所になる」
――顧客理解が大事になる。
「その通りだ。当社のベースは頒布会という独自のシステムでOLさんをターゲットにし、全国の営業マンがOLさんと対話をして生の声を拾い、独自性を発揮していた」
「その後、通販市場がどんどん成長し、当社も拡大基調で売上高2000億円超を目指していた時代があった。社内でさまざまな議論はあったが、『ベルメゾン家族』という媒体を発刊してOLさんから家族にターゲットを拡大するなどマスビジネスを志向する中で、どこかで千趣会としての特徴がなくなってきた。『物作りも自社で』とSPA型を目指した時期もあったが、大事なのはお客様の立場にどれだけなれたかということ。前中計でも顧客視点を重視したが、新中計でももう一度お客様に向き合う」
――マスビジネスからも脱却を図る。
「マスビジネスを志向して何百ページのカタログを何千万部も発行していると、万人受けする商品を万人受けする価格でという風になってしまう。オリジナル商品にこだわって、共感が得られる商品を提供することでファンを増やしてきた千趣会にもう一度立ち返らないといけない。前中計で人格を形成し直してきたが、お客様に共感してもらえる特徴が出せているかというとまだ不十分だ」
――社名を「ベルメゾン」にすべきという意見も社内で上がったと聞く。
「『脱マス』を掲げる中で千趣会という響きが古いという声があった。当社は『こけし千体趣味蒐集の会』が社名の由来だが、改めて千趣会という社名に使われている『千の趣き』という言葉は、趣味にとどまらず、お客様に共感してもらえる数多くのテーマととらえることもできる。そうしたテーマや価値を提供できる会社を目指すことで、もっとお客様に寄り添えるはずだ」
心が通う「通心販売」に
――具体的な共感テーマについては。
「例えば当社が強い育児分野などがそうで、育児は楽しい反面、悩みを抱える人も多いテーマだ。趣味分野ではディズニー社と28年間の取り引き実績があって、ディズニーファンの人たちとコミュニケーションを図りながらオリジナル商品を展開している」
「そうした共通のテーマをいくつも作り、テーマでつながる人たちに寄り添っていく。デジタルも活用してお客様と意見交換できる仕組みを作る。同時に、当社の考え方、価値観に共感してくれて、かつ独自性と品質の高い取引先企業さんと一緒に、共創モデルで商品やサービスを提供していきたい」
――顧客との接点作りについては。
「お客様とマンツーマンで対話できるデジタルの仕組みを導入したり、JR東日本さんとの協業によるリアルのタッチポイントも駆使し、お客様をよく知ることに努める。登録会員数約20万人のモニターサイト『ベルメゾンデッセ』のデータベースも活用して一方向の『to』ではなく、『with』の関係を目指す」
――顧客視点というのは案外難しい。
「結局のところ、どれくらいお客様の立場に立ったコーディネーターになれるかにつきる。データやテクノロジーも使ってお客様と深くつながっていくことで、さまざまな生活シーンでお客様が感じている不満、不安、不都合といった、さまざまな『不』のギャップを埋めるオリジナル商品を提案できる。単なる通信販売ではなく、お客様と本当の意味で心が通う『通心販売』にしていきたい」
――各種テーマの創出だけで5年後の売上高900億円は達成可能か。
「共感できるテーマをどれだけ作れるかという部分に加えて、新中計では商品の『使用価値』を追求していく。『使用価値』とは物やサービスそのものの価値だけでなく、商品の使用中、使用後のサービスも組み合わせた価値となる。『消費から使用へ』という世の中の潮流を先取りして『使用価値』の最大化を目指す。今後は、『使用価値』を商品企画のポリシーにしていく」
――SDGsの取り組みが求められる。
「前中計では会社の立て直しに手いっぱいだったが、今後はESGやSDGsなど企業の持続的な発展に不可欠な新たな規範への対応も重視する。とくに、当社が手がける通販を中心とした事業活動の延長線上にSDGsがあると認識している。『売ったら終わり』という時代は終わって、『売ったらその後の責任もある』という風になっていく」
――消費者の意識も変化している。
「当社がお客様に実施したアンケート調査では、『千趣会の商品は長く使える』とか『愛着のある商品が多い』というような声が結構あった。それは当社の強みで、もっと磨いていく必要がある」
「共感テーマをベースにどういう商品が愛着をもって長く使ってもらえるかを考えて商品化し、さらに長く使ってもらうための修繕や、使用後のリユースやリサイクルといった仕組みも整えていきたい。すぐに商品を置き換えていくのは難しいが、そうした部分に真剣に取り組む企業しか共感を得られなくなると思う」
――オークネットと協業する。
「リユースやリサイクルの段階では、お客様に気兼ねなく商品を手放してもらえるように、オークネットさんと組んだ。今回の提携では、まずは衣料品を中心にベルメゾン以外の商品も含めて年内に買い取りサービスを始める」
――社会的な責任以外に、二次流通に取り組む利点は。
「お客様との接点を販売時で終わらせずに、継続的にコミュニケーションをとることで、『商品が売れた』という従来のデータだけでなく、使用中、使用後のデータも取得、蓄積できる。これを協業先にフィードバックすれば物作りにも生かせるし、新たな広告メニューにもなり得る」
――売上高や利益面の本格的な成長はいつ頃になりそうか。
「新たな通販モデルを目指した基盤や仕組み作りには一定の時間と労力がかかる。最初の3年くらいでしっかり仕組みを整えた上で、新中計の後半には千趣会のファンを増やし、利益を追求しながら25年度の目標達成に向けてスピードを上げる予定だ。その間に世の中も変化すると思うので、そうした変化対応も必要になる」