「脂肪にドーン」の衝撃・サントリー黒烏龍茶問題を追う(1) 根拠なき「改善要望」
消費者庁が特定保健用食品「黒烏龍茶」を販売するサントリー食品インターナショナル(にテレビCMの改善を求める文書を送った。CMに使われているある表現が「偏った食生活を助長する恐れがあり不適切」との判断からだ。だが、この要望はあまりに不可解だ。改善を求めた内容が、ということではない。問題となったCMが何法の、どの部分に違反するのか、非常に"ファジー"であるためだ。法的根拠もなく、違反箇所を明確にすることもなく要望できるのであれば、消費者庁は"言葉狩り"との批判を免れない。
「これを飲めば油ものを食べても大丈夫とか、そういう印象を受ける」「個人的な感想かもしれないが、適切でないという怒りがとても大きい」
今年3月、特定保健用食品(以下、トクホ)の表示許可文言の審査を行う消費者委員会「新開発食品調査部会」で、一人の委員からあるCMの宣伝手法に辛らつな指摘が相次いだ。
問題のCMは、サントリー食品がアニメ「笑ゥせぇるすまん」のキャラクターを使い展開しているもの。キャラクターが「脂肪にドーン」と人差し指を突き出し、「食べながら脂肪対策」とのコピーとともに「黒烏龍茶」を紹介するものだ。
部会では、その委員の発言に消費者庁食品表示課が「注意を促したい。この商品に限らず『これさえ飲めば』というイメージのものが増えている」と応じ要望に至った。
消費者庁は日本健康・栄養食品協会に3月26日付け事務連絡で「(トクホの中に)TVコマーシャルや広告などにおいて、あたかも『当該食品を使用すれば、バランスの取れた食生活を考慮しなくてよい』旨を示唆するような表現が用いられているものがある。許可文言を逸脱するので改善が望まれる」と、部会から指摘があった旨を通達。サントリー食品に対しても同様の文書を送った。その経緯が一般紙報道で明るみに出たことで、サントリー食品が対応を迫られる事態に発展した。
サントリーホールディングスはこれを受け、「要望というか意見は承っている。さまざまな意見があるだろうが、今後配慮していく」(広報)とコメント。今後の対応策は「(意見に)合わせる、合わせないの結論はまだ出ていない」(同)とした。
だが、この要望はあまりに不可解だ。要望にはCMのどの部分が、何法に違反、もしくは抵触する恐れがあるのか、全く語られていないためだ。なぜそのような要望になったか、その背景は部会での審議に垣間見ることができる。3月に行われた部会の審議に戻りたい。
部会では、消費者庁が健康増進法における誇大広告の判断基準を「消費者を著しく誤認させるもの」と説明。その基準の一つに「(消費者から)問い合わせや指摘が多く集まっている案件」を挙げた。だが、「黒烏龍茶」のCMには「そういった意見は入ってきていない」とも言い添えている。
さらに、「脂肪にドーン」という表現にも言及。「個人の捉え方によって、学術的に判断できない表現を行っているものは、正直なところ判断しにくい」とした。要は、消費者の誤認を確認できてもおらず、誇大と断じるに足る根拠を持ちえていないということだろう。
にもかかわらず、要望は出された。これについても審議の中で、その理由は語られている。
「審議されている先生方から意見を頂いたので、注意を促したい」(消費者庁)。だとすれば自ら"個人的感想"を認める委員の意見が、消費者庁を動かしたことになる。
繰り返すが、問題視するのはCMの是非ではない。要望に至る過程だ。
そもそも、委員から指摘のあった部会は事業者から申請されたトクホの表示が科学的根拠と合致しているか審議する場。許可後の"宣伝手法"に言及する場ではない。にもかかわらず、一人の委員の発言が法すら逸脱した要望を可能にするほどの力を持つとすれば、それは公権力の私物化ではないだろうか。それでは今後も委員が"おかしい"と強く主張すればまかり通ることになる。
事の経緯について関係者にその真意を尋ねるうち、その違和感はますます大きなものになる。そして、今回の問題は一企業の宣伝手法の問題ではなく、トクホを含む健康食品が内包する、ある根源的な問題に行き着くことになる。(つづく)
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サントリーホールディングスはこれを受け、「要望というか意見は承っている。さまざまな意見があるだろうが、今後配慮していく」(広報)とコメント。今後の対応策は「(意見に)合わせる、合わせないの結論はまだ出ていない」(同)とした。
だが、この要望はあまりに不可解だ。要望にはCMのどの部分が、何法に違反、もしくは抵触する恐れがあるのか、全く語られていないためだ。なぜそのような要望になったか、その背景は部会での審議に垣間見ることができる。3月に行われた部会の審議に戻りたい。
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さらに、「脂肪にドーン」という表現にも言及。「個人の捉え方によって、学術的に判断できない表現を行っているものは、正直なところ判断しにくい」とした。要は、消費者の誤認を確認できてもおらず、誇大と断じるに足る根拠を持ちえていないということだろう。
にもかかわらず、要望は出された。これについても審議の中で、その理由は語られている。
「審議されている先生方から意見を頂いたので、注意を促したい」(消費者庁)。だとすれば自ら"個人的感想"を認める委員の意見が、消費者庁を動かしたことになる。
繰り返すが、問題視するのはCMの是非ではない。要望に至る過程だ。
そもそも、委員から指摘のあった部会は事業者から申請されたトクホの表示が科学的根拠と合致しているか審議する場。許可後の"宣伝手法"に言及する場ではない。にもかかわらず、一人の委員の発言が法すら逸脱した要望を可能にするほどの力を持つとすれば、それは公権力の私物化ではないだろうか。それでは今後も委員が"おかしい"と強く主張すればまかり通ることになる。
事の経緯について関係者にその真意を尋ねるうち、その違和感はますます大きなものになる。そして、今回の問題は一企業の宣伝手法の問題ではなく、トクホを含む健康食品が内包する、ある根源的な問題に行き着くことになる。(つづく)