今年2月、政府の規制改革会議(議長=岡素之住友商事相談役)で、「健康食品の機能性表示の容認」が検討課題の一つに挙げられた。かつてこれほどの舞台で健食の規制改革が論じられたことはなく、事業活動の制度的障害を解消しようとする規制改革の動きは、停滞する表示制度化に向けた議論に風穴を開ける可能性がある。その中枢で、健食の機能性表示容認を提言した大阪大学大学院の森下竜一教授に、提言の真意やその具体的な方法論を聞いた。
(聞き手は本紙記者・佐藤真之)
健食の規制改革「次の機会ない」――規制改革会議において「健康食品の機能性表示の容認」という提言を行った経緯は。 「一つは、医療費が増大する中でセルフメディケーションの推進が必要であり、私が所属する抗加齢医学会でも医師らの健康食品への理解が増してきたことがある。もう一つは政府の経済成長戦略という要請の中で、日本の"安心・安全"というブランドを活かした輸出産業の振興を考えた時、健食の担う役割が大きいと感じたことがある」
――健食にはどのような規制改革が必要か。
「国内ではいかがわしい広告もまかり通っている。表示制度を整備し、医薬品と区別するなど消費者により分かりやすい形で製品を届ける必要がある。海外では、健食について諸外国で表示制度化が進む中、日本のみ後れを取っていることがはっきりしている」
――表示の検討は、会議内の「健康・医療ワーキンググループ(WG)」でも優先課題となった。 「これまで(これほど決定権限のある会議に)健食業界に土地感のある人間が入ったことはない。このチャンスを活かさなければ次の機会はないと感じる」
――提言はどういう過程を経て最終決定される。 「本会議は報告のみのため、WGの中で結論が出る。健食は4月からヒアリングを踏まえた議論を進め、6月の成長戦略取りまとめに盛り込むことを目指す」
――ヒアリングはどこから行うのか。 「厚生労働省と消費者庁、業界団体から行う」
――消費者団体や日本医師会などの職能団体も予定しているのか。 「現時点では予定していない。会議は最終取りまとめではなく、"こうすべき"と規制改革につながる提言をする場。具体策を論じる場でないため、その必要はないであろう」
業界は「足並み揃えてほしい」――これまでも健食業界との関わりは持たれていたのか。 「(法制化に向けた運動体である)『エグゼクティブ会議』からは以前から要望を聞いていた」
――業界にはどのようなサポートを求めている。 「機能性表示が業界に必要であること。また、表示を認めるにしても方法論で対立していては改革も進まない。方法論を含め、自主的にどういう形が良いか知恵を出し、総意をまとめてほしい。そしてその要望は業界利益だけでなく、消費者の利益を考えてもらう必要がある」
――業界には、日本通信販売協会の「サプリメント部会」、日本健康・栄養食品協会など複数の関連団体がある。 「重要なのは、業界が一つにまとまれるかどうか。これまでは足並みが揃っていなかった。にもかかわらず改革を求め、誰かにやってもらおうというのはおかしな話。業界には個々の利益に走ることなくまとまって行動してほしい。それでも足の引っ張りあいが続くのであれば規制改革は無理だし、私自身、優先課題として他のことをやる」
消費者庁へのアプローチは?――会議発足と同時期に内閣官房に「健康・医療戦略室」、厚生労働省に「健康・医療戦略厚生労働省推進本部」が設置された。会議との関わりは。
「提言の受け皿となり、内閣官房の戦略室が改革の実行部隊になる」
――森下氏も戦略室の参与になっている。 「今回、安倍首相は多くの会議が乱立する中で有機的に連携を図るため、各組織に扇の要となる人員を配している。私は戦略室と規制改革会議の連絡役になっている」
――仮に機能性表示が必要との提言が出された場合、消費者庁に再び検討会が置くことをイメージしているのか。 「現時点では分からない。方法論は具体策を練らなければいけない」
――健食の表示規制に関することになると厚労省だけでなく、消費者庁も関係する。省庁間の連携は図れるのか。 「2省庁の対応は規制改革会議におけるヒアリングで聞くので、その後の戦略室と推進本部等の議論の流れ次第。(消費者庁も)総理の諮問会議である規制改革会議の重みは理解してもらえると思う。ただ、消費者庁が実行主体となるかも分からない。私案ではあるが、行政頼みでは決まらないし、学会など学術団体と連携し、業界も加わる形で民間の第三者機関を作り、これを政府が認める形が良いのではないか」
――消費者委員会の建議で表示制度化は「栄養機能食品の拡充の検討」に留まっており、その範疇を超えれば消費者庁の抵抗も考えられる。 「これまでは縦割り行政の中で、消費者庁内の議論だったからそうなっていた。しかし、今回は政府の省庁横断的な議論の中で"あるべき論"が論じられる。"こうすべき"と言われていることに対して"やるな"とは言えないのではないか」
――表示制度化の議論では、これまで消費者団体などから健食の流通により健康被害や治療機会の逸失といった問題が発生するという反対意見が必ず出てきた。 「機能性や摂取量の表示を行うことでむしろ健康被害は減るのではないか。現実に2兆円産業がある中で、これを野放しにすることが消費者にとって得なのかということが議論の本質。今回の議論も『規制改革』であって『規制緩和』ではない。機能性表示をするのも、ある意味では『効かない』と表示しなければいけない部分も出てくる。消費者視点が一番重要で、科学的に認められた機能性を表示することが消費者利益の観点からマイナスになるとは思えない」
表示制度化、第三者認証を構想――提言が出された場合、表示制度化の具体策の構想は持っているか。 「あくまで私案だが、ヒト介入試験が行われている成分を中心にグレード分けをして表示を認めていくのはどうか。例えば、グレードAならば『ヒト介入試験で機能性が認められている』、Bならば『機能性はあるが確立されていない』といったものだ。ただこうした評価ガイドラインを策定し、普及するには人的コスト、膨大な費用も必要になる。国にお願いするのは無理があり、学会など受け皿を作り、第三者機関が認証する形はどうか」
――受け皿となる学会は。 「学会など学術団体を入れて制度化の議論をすべきだと感じる。医師が入り、サイエンスのレベルが高くなければ納得感が得られない。その意味では抗加齢医学会には医学界で権威のある方もいる。医師側の理解が得られてきている今しかできるタイミングはなく、私自身、高血圧などのガイドラインを策定した経験があり、ガイドライン作りは慣れている」
――表示を行うとなると、薬事法の改正が必要ではないか。 「改正は必要ない。薬事法は医薬品のための法律で健食には一言も触れていない」
――確かに健食に触れていないが、かつて「食品を除く」という条文が外されて以降、健食にも規制が及ぶようになった。 「46通知などで規制の網がかかっているが、そこに(薬事法の)法的根拠はないと思う」
――現状の法解釈で厚労省は薬事法が医薬品の法律だと明言していない。 「健食に関しては健康増進法がすでにあり、薬事法よりは適しているのではないか」
――健食に関する新法制定という意見もあるが。 「そこまでは必要ないのではないか。方法論の議論はこれからになる。ただ、消費者を含め今のままで良いと思っている人は誰もいない。ある意味、野放しで規制がない状態のため玉石混交になっている。そうであれば、より分かりやすく、より安全に届けるような仕組みを構築する意味がある。安心安全の仕組みと消費者の利益、産業育成のための成長戦略、これらをいかに満足させていくかが重要。機能性表示により、安心安全の日本製機能性食品がアジア市場に輸出され、国内雇用を生み出すことができれば、アベノミクスの大きな成果になる。国内市場にとどまっている日本の健食業界には、世界を目指してもらいたい」
プロフィール 森下竜一(もりした・りゅういち)氏
1962年生まれ。岡山県出身。87年、大阪大学医学部を卒業後、91年に大阪大学医学部老年病講座大学院を卒業。03年から大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学教授を務める。日本抗加齢医学会、日本血管生物医学会、日本遺伝子治療学会、日本知財学会など各学会の理事を務める。
(聞き手は本紙記者・佐藤真之)
健食の規制改革「次の機会ない」
――規制改革会議において「健康食品の機能性表示の容認」という提言を行った経緯は。
「一つは、医療費が増大する中でセルフメディケーションの推進が必要であり、私が所属する抗加齢医学会でも医師らの健康食品への理解が増してきたことがある。もう一つは政府の経済成長戦略という要請の中で、日本の"安心・安全"というブランドを活かした輸出産業の振興を考えた時、健食の担う役割が大きいと感じたことがある」
――健食にはどのような規制改革が必要か。
「国内ではいかがわしい広告もまかり通っている。表示制度を整備し、医薬品と区別するなど消費者により分かりやすい形で製品を届ける必要がある。海外では、健食について諸外国で表示制度化が進む中、日本のみ後れを取っていることがはっきりしている」
――表示の検討は、会議内の「健康・医療ワーキンググループ(WG)」でも優先課題となった。
「これまで(これほど決定権限のある会議に)健食業界に土地感のある人間が入ったことはない。このチャンスを活かさなければ次の機会はないと感じる」
――提言はどういう過程を経て最終決定される。
「本会議は報告のみのため、WGの中で結論が出る。健食は4月からヒアリングを踏まえた議論を進め、6月の成長戦略取りまとめに盛り込むことを目指す」
――ヒアリングはどこから行うのか。
「厚生労働省と消費者庁、業界団体から行う」
――消費者団体や日本医師会などの職能団体も予定しているのか。
「現時点では予定していない。会議は最終取りまとめではなく、"こうすべき"と規制改革につながる提言をする場。具体策を論じる場でないため、その必要はないであろう」
業界は「足並み揃えてほしい」
――これまでも健食業界との関わりは持たれていたのか。
「(法制化に向けた運動体である)『エグゼクティブ会議』からは以前から要望を聞いていた」
――業界にはどのようなサポートを求めている。
「機能性表示が業界に必要であること。また、表示を認めるにしても方法論で対立していては改革も進まない。方法論を含め、自主的にどういう形が良いか知恵を出し、総意をまとめてほしい。そしてその要望は業界利益だけでなく、消費者の利益を考えてもらう必要がある」
――業界には、日本通信販売協会の「サプリメント部会」、日本健康・栄養食品協会など複数の関連団体がある。
「重要なのは、業界が一つにまとまれるかどうか。これまでは足並みが揃っていなかった。にもかかわらず改革を求め、誰かにやってもらおうというのはおかしな話。業界には個々の利益に走ることなくまとまって行動してほしい。それでも足の引っ張りあいが続くのであれば規制改革は無理だし、私自身、優先課題として他のことをやる」
消費者庁へのアプローチは?
――会議発足と同時期に内閣官房に「健康・医療戦略室」、厚生労働省に「健康・医療戦略厚生労働省推進本部」が設置された。会議との関わりは。
「提言の受け皿となり、内閣官房の戦略室が改革の実行部隊になる」
――森下氏も戦略室の参与になっている。
「今回、安倍首相は多くの会議が乱立する中で有機的に連携を図るため、各組織に扇の要となる人員を配している。私は戦略室と規制改革会議の連絡役になっている」
――仮に機能性表示が必要との提言が出された場合、消費者庁に再び検討会が置くことをイメージしているのか。
「現時点では分からない。方法論は具体策を練らなければいけない」
――健食の表示規制に関することになると厚労省だけでなく、消費者庁も関係する。省庁間の連携は図れるのか。
「2省庁の対応は規制改革会議におけるヒアリングで聞くので、その後の戦略室と推進本部等の議論の流れ次第。(消費者庁も)総理の諮問会議である規制改革会議の重みは理解してもらえると思う。ただ、消費者庁が実行主体となるかも分からない。私案ではあるが、行政頼みでは決まらないし、学会など学術団体と連携し、業界も加わる形で民間の第三者機関を作り、これを政府が認める形が良いのではないか」
――消費者委員会の建議で表示制度化は「栄養機能食品の拡充の検討」に留まっており、その範疇を超えれば消費者庁の抵抗も考えられる。
「これまでは縦割り行政の中で、消費者庁内の議論だったからそうなっていた。しかし、今回は政府の省庁横断的な議論の中で"あるべき論"が論じられる。"こうすべき"と言われていることに対して"やるな"とは言えないのではないか」
――表示制度化の議論では、これまで消費者団体などから健食の流通により健康被害や治療機会の逸失といった問題が発生するという反対意見が必ず出てきた。
「機能性や摂取量の表示を行うことでむしろ健康被害は減るのではないか。現実に2兆円産業がある中で、これを野放しにすることが消費者にとって得なのかということが議論の本質。今回の議論も『規制改革』であって『規制緩和』ではない。機能性表示をするのも、ある意味では『効かない』と表示しなければいけない部分も出てくる。消費者視点が一番重要で、科学的に認められた機能性を表示することが消費者利益の観点からマイナスになるとは思えない」
表示制度化、第三者認証を構想
――提言が出された場合、表示制度化の具体策の構想は持っているか。
「あくまで私案だが、ヒト介入試験が行われている成分を中心にグレード分けをして表示を認めていくのはどうか。例えば、グレードAならば『ヒト介入試験で機能性が認められている』、Bならば『機能性はあるが確立されていない』といったものだ。ただこうした評価ガイドラインを策定し、普及するには人的コスト、膨大な費用も必要になる。国にお願いするのは無理があり、学会など受け皿を作り、第三者機関が認証する形はどうか」
――受け皿となる学会は。
「学会など学術団体を入れて制度化の議論をすべきだと感じる。医師が入り、サイエンスのレベルが高くなければ納得感が得られない。その意味では抗加齢医学会には医学界で権威のある方もいる。医師側の理解が得られてきている今しかできるタイミングはなく、私自身、高血圧などのガイドラインを策定した経験があり、ガイドライン作りは慣れている」
――表示を行うとなると、薬事法の改正が必要ではないか。
「改正は必要ない。薬事法は医薬品のための法律で健食には一言も触れていない」
――確かに健食に触れていないが、かつて「食品を除く」という条文が外されて以降、健食にも規制が及ぶようになった。
「46通知などで規制の網がかかっているが、そこに(薬事法の)法的根拠はないと思う」
――現状の法解釈で厚労省は薬事法が医薬品の法律だと明言していない。
「健食に関しては健康増進法がすでにあり、薬事法よりは適しているのではないか」
――健食に関する新法制定という意見もあるが。
「そこまでは必要ないのではないか。方法論の議論はこれからになる。ただ、消費者を含め今のままで良いと思っている人は誰もいない。ある意味、野放しで規制がない状態のため玉石混交になっている。そうであれば、より分かりやすく、より安全に届けるような仕組みを構築する意味がある。安心安全の仕組みと消費者の利益、産業育成のための成長戦略、これらをいかに満足させていくかが重要。機能性表示により、安心安全の日本製機能性食品がアジア市場に輸出され、国内雇用を生み出すことができれば、アベノミクスの大きな成果になる。国内市場にとどまっている日本の健食業界には、世界を目指してもらいたい」
プロフィール 森下竜一(もりした・りゅういち)氏
1962年生まれ。岡山県出身。87年、大阪大学医学部を卒業後、91年に大阪大学医学部老年病講座大学院を卒業。03年から大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学教授を務める。日本抗加齢医学会、日本血管生物医学会、日本遺伝子治療学会、日本知財学会など各学会の理事を務める。