年内にもステルスマーケティング規制が始まる。だが、規制をめぐり、事業者の不満が蓄積している。規制は、多様な類型に広く網をかける「包括的規制」。そのために、事業者の予見性確保を目的に示すガイドラインの「問題事例」も抽象的であるためだ。市場にあたえる影響は大きく、本来、慎重な検討が求められるが、導入は行政主導で性急に進む。
「規制ありき」で進む検討
ステマ規制は昨年4月、自民党・消費者問題調査会で、景品表示法に基づく対応を求める提言が示された。9月に「景品表示法検討会」から独立して検討会を設置。ハイペースで計8回の会合を終え、12月28日、報告書をまとめた。告示への指定は来年度を想定していたが、河野太郎大臣が年度内の前倒しを指示。過去の告示は、施行まで3~6カ月。早ければ、今秋にも規制がスタートする。
そもそも、ステマ規制は当初から一般紙で「指定告示」を念頭に置いた規制であることが報じられ、消費者庁は規制ありきの”決め打ち”を否定したが、結果は告示規制。検討会会期中にパブリックコメントの募集を並行して開始するなど、必要なプロセスを駆け足でさばきつつ、規制ありきで進んだ。
処分のハードル下がる可能性も
ステマ規制は、これまでの景表法規制と大きく性質を異にする。従来、景表法は広告の「優良・有利誤認」、商品の品質や性能、取引条件など”中身”を評価し執行してきた。だが、ステマ規制は、優良・有利性を問わず、広告であることを”隠す行為”それ自体を規制する。その意味で、措置命令のハードルは著しく下がる可能性がある。「調査過程で優良性の評価が難しい事案でも、ステマであれば措置命令できる」(公取OB)からだ。違反の構成要件がシンプルであるだけでなく、制裁効果は強力だ。
影響の大きい規制であるにも関わらず、立法根拠は貧弱だ。検討会で消費者庁が示したのは、ステマをめぐる学術研究と、インフルエンサーの5割が「悪いこと」と認識しているとの印象を示す調査のみ。消費者被害の実態は示されず、規制を急ぐ理由は不明だ。
予見性確保目的に「運用基準」策定
ステマには、事業者自身が第三者を装う「なりすまし」、利益提供を通じて第三者に表示させる「利益提供秘匿型」がある。形態もレビューやSNS投稿、アフィリエイト広告など多様だ。消費者庁は法の隙間を突く新たな手法など後追い型の立法を避けるため、これを広く包含する「包括的規制」を想定する。一方で、事業者の予見性確保を目的に具体的な問題事例を「運用基準」を示すとしていた。
ただ、間口を広くとる抽象的規制であるために、運用基準も抽象的。これに事業者の不満が蓄積している。
運用基準は、ステマを「事業者による表示内容への関与」で整理する。
「関与しないもの」は明快だ。判断基準は、第三者の「自主的な意思」の有無。自らのし好に基づき、自主的な意思で行う表示がこれにあたる。アフィリエイトにしろ、SNSやレビュー投稿にしろ、事業者と一切の情報のやり取りなく行われた表示であれば問題ない。当然といえば当然だが、事業者が投稿の謝礼として割引クーポンを配布したり、懸賞の条件としていても、自主的な意思による投稿であればよい。
「関与するもの」ののうち、事業者が第三者を装う「なりすまし型」は明確だ。問題は、事業者が第三者をして行わせる表示。事業者による明示的な依頼・指示がなくても、内容を決定できる程度の関係性、第三者の自主的意思と認められない関係性がある場合は「事業者表示」と判断される。関係性は、「両者の具体的なやり取り」、「商品の提供理由(宣伝目的の有無など)」、「提供商品の内容」、「関係性(過去から将来に渡る対価の提供、期間など)」から判断する。
問題事例「抽象的で分からない」
運用基準は、第三者への「商品提供」を例にこれを説明する。ただ、第三者の自主的な意思と認められないものとして、「商品等の無償提供の結果、事業者の目的に沿う表示を行う」ことを例示する一方、第三者の自主的な意思と認められる例として、「不特定、特定の第三者に試供品配布の結果、自主的な意思に基づき表示を行う場合」を示す。事業者からは、「読みにくく、具体的にどのようなケースが問題か分かりにくい」、「自主的な意思の客観的評価を厳密にできるものなのか。消費者庁の主導、担当者の裁量で、いかようにも判断できてしまう」などの声がある。
例えば、「しっとりした使用感を投稿してね」と、キャンペーンで投稿を呼び掛けたとする。消費者の受け取りようは多様だ。「意図に沿う投稿を」と思う者もいれば、「本当にしっとり」と思う者もいる。何者の影響も受けず、厳密に意思決定をすることは現実的ではない。影響が悪とも言えない。「どの程度のサジェストまで許容されるのか分からない」(事業者)。
一方で、第三者の自主的な意思の判断は、消費者庁の側に握られている。顧客や消費者とのこうしたやり取りも予測不可能な”ステマリスク”に晒されるとすれば、事業者の過度な委縮を招き、本来メリットもある企業と消費者の関係を必要以上に遮断し、希薄なものにするだろう。
ステマ規制は、憲法が保障する「表現の自由」と鋭く対立する規制。過剰規制となれば、「広告」それ自体を悪と捉える規制に発展しかねない。
◇
性急な規制導入は、河野大臣の担当大臣就任の影響もある。民主党政権の野党時代には、当時、消費者庁が入居していた山王パークタワーの高額家賃を問題視。合同庁舎への移転につなげた。15年、消費者庁担当大臣に就任した際には、同庁の徳島移転を推進。そして昨年、再び担当大臣に就任してすぐ取り組んだのが「霊感商法」と「ステマ」だ。性急な規制導入も、「消費者庁がアグレッシブに施策を進める河野大臣の顔色を窺った結果」とみる関係者もいる。国会決議を経ず、導入できる「指定告示」の選択も、これを念頭に置いたのではないか。
ただ、規制は、事業者への十分な周知と理解が必要なもの。河野大臣も「しっかりどれがステマか分かるようにしないと混乱する」と会見で説明している。提言を行った自民党部会でも丁寧な説明と議論が求められる。
「運用基準」の評価、影響大きく混乱も
消費者庁は今年1月、ステルスマーケティング規制に対する事業者の予見性確保のため、運用基準案を公表した。
事業者が「表示の決定に関与した」と判断されるもののうち、「なりすまし型」は容易に理解できる。ただ、「事業者が第三者に行わせる表示」が分かりにくい。運用基準では、(1)商品等の表示をしてもらうことを目的に、商品等を無償提供する結果、第三者が事業者の目的に沿う表示を行うなど、自主的な意思による表示と認められないもの、(2)商品等の表示を行うことが経済上の利益をもたらすことを言外から感じさせたり、言動から推認させたりするなどの結果として表示を行うなど、第三者の自主的な意思による表示と認められないもの――を例示する。「第三者の自主的な意思」が可否を分ける。
ただ、レビュー投稿などのキャンペーンや懸賞では、事業者と消費者の間に何らかの情報のやり取りや関係性が生じるのが通常だ。そうであっても消費者自身の意思で投稿内容を決定していることはよくある。どこまでがセーフで、どこからがアウトなのか、運用基準には示されていない。事業者からは「規制範囲が不明確だと、プロモーションに過度な委縮効果が生じる」、「どのレベルをステマと感じるかは、人により認識が異なる。認識を共有できる定義を定めるべき」との声がある。
行政のガイドラインでは、よく同様の問題が生じる。問題とならない事例は示せても、問題事例は解釈の余地を広く残す意図が働く。禁止行為を明確にすると、これを避け、脱法的な手法でプロモーションを行う事業者も現れるためだ。
すでに景表法で示されている二重価格や将来価格のガイドラインなども同様に、セーフティゾーンは明確だが、問題事例は個別事案ごとに判断の余地を残す。そこにこうした規制の難しさはある。ステマ規制が抽象的規制を念頭に置くため、ガイドラインも抽象的にならざるを得ない。
ただ、どのような事例を問題と想定しているか分からなければ事業者の混乱を招く。「もう少しブレークダウンする必要があるのでは」(公取OB)と指摘する関係者もいる。
「規制ありき」で進む検討
ステマ規制は昨年4月、自民党・消費者問題調査会で、景品表示法に基づく対応を求める提言が示された。9月に「景品表示法検討会」から独立して検討会を設置。ハイペースで計8回の会合を終え、12月28日、報告書をまとめた。告示への指定は来年度を想定していたが、河野太郎大臣が年度内の前倒しを指示。過去の告示は、施行まで3~6カ月。早ければ、今秋にも規制がスタートする。
そもそも、ステマ規制は当初から一般紙で「指定告示」を念頭に置いた規制であることが報じられ、消費者庁は規制ありきの”決め打ち”を否定したが、結果は告示規制。検討会会期中にパブリックコメントの募集を並行して開始するなど、必要なプロセスを駆け足でさばきつつ、規制ありきで進んだ。
処分のハードル下がる可能性も
ステマ規制は、これまでの景表法規制と大きく性質を異にする。従来、景表法は広告の「優良・有利誤認」、商品の品質や性能、取引条件など”中身”を評価し執行してきた。だが、ステマ規制は、優良・有利性を問わず、広告であることを”隠す行為”それ自体を規制する。その意味で、措置命令のハードルは著しく下がる可能性がある。「調査過程で優良性の評価が難しい事案でも、ステマであれば措置命令できる」(公取OB)からだ。違反の構成要件がシンプルであるだけでなく、制裁効果は強力だ。
影響の大きい規制であるにも関わらず、立法根拠は貧弱だ。検討会で消費者庁が示したのは、ステマをめぐる学術研究と、インフルエンサーの5割が「悪いこと」と認識しているとの印象を示す調査のみ。消費者被害の実態は示されず、規制を急ぐ理由は不明だ。
予見性確保目的に「運用基準」策定
ステマには、事業者自身が第三者を装う「なりすまし」、利益提供を通じて第三者に表示させる「利益提供秘匿型」がある。形態もレビューやSNS投稿、アフィリエイト広告など多様だ。消費者庁は法の隙間を突く新たな手法など後追い型の立法を避けるため、これを広く包含する「包括的規制」を想定する。一方で、事業者の予見性確保を目的に具体的な問題事例を「運用基準」を示すとしていた。
ただ、間口を広くとる抽象的規制であるために、運用基準も抽象的。これに事業者の不満が蓄積している。
運用基準は、ステマを「事業者による表示内容への関与」で整理する。
「関与しないもの」は明快だ。判断基準は、第三者の「自主的な意思」の有無。自らのし好に基づき、自主的な意思で行う表示がこれにあたる。アフィリエイトにしろ、SNSやレビュー投稿にしろ、事業者と一切の情報のやり取りなく行われた表示であれば問題ない。当然といえば当然だが、事業者が投稿の謝礼として割引クーポンを配布したり、懸賞の条件としていても、自主的な意思による投稿であればよい。
「関与するもの」ののうち、事業者が第三者を装う「なりすまし型」は明確だ。問題は、事業者が第三者をして行わせる表示。事業者による明示的な依頼・指示がなくても、内容を決定できる程度の関係性、第三者の自主的意思と認められない関係性がある場合は「事業者表示」と判断される。関係性は、「両者の具体的なやり取り」、「商品の提供理由(宣伝目的の有無など)」、「提供商品の内容」、「関係性(過去から将来に渡る対価の提供、期間など)」から判断する。
問題事例「抽象的で分からない」
運用基準は、第三者への「商品提供」を例にこれを説明する。ただ、第三者の自主的な意思と認められないものとして、「商品等の無償提供の結果、事業者の目的に沿う表示を行う」ことを例示する一方、第三者の自主的な意思と認められる例として、「不特定、特定の第三者に試供品配布の結果、自主的な意思に基づき表示を行う場合」を示す。事業者からは、「読みにくく、具体的にどのようなケースが問題か分かりにくい」、「自主的な意思の客観的評価を厳密にできるものなのか。消費者庁の主導、担当者の裁量で、いかようにも判断できてしまう」などの声がある。
例えば、「しっとりした使用感を投稿してね」と、キャンペーンで投稿を呼び掛けたとする。消費者の受け取りようは多様だ。「意図に沿う投稿を」と思う者もいれば、「本当にしっとり」と思う者もいる。何者の影響も受けず、厳密に意思決定をすることは現実的ではない。影響が悪とも言えない。「どの程度のサジェストまで許容されるのか分からない」(事業者)。
一方で、第三者の自主的な意思の判断は、消費者庁の側に握られている。顧客や消費者とのこうしたやり取りも予測不可能な”ステマリスク”に晒されるとすれば、事業者の過度な委縮を招き、本来メリットもある企業と消費者の関係を必要以上に遮断し、希薄なものにするだろう。
ステマ規制は、憲法が保障する「表現の自由」と鋭く対立する規制。過剰規制となれば、「広告」それ自体を悪と捉える規制に発展しかねない。
◇
性急な規制導入は、河野大臣の担当大臣就任の影響もある。民主党政権の野党時代には、当時、消費者庁が入居していた山王パークタワーの高額家賃を問題視。合同庁舎への移転につなげた。15年、消費者庁担当大臣に就任した際には、同庁の徳島移転を推進。そして昨年、再び担当大臣に就任してすぐ取り組んだのが「霊感商法」と「ステマ」だ。性急な規制導入も、「消費者庁がアグレッシブに施策を進める河野大臣の顔色を窺った結果」とみる関係者もいる。国会決議を経ず、導入できる「指定告示」の選択も、これを念頭に置いたのではないか。
ただ、規制は、事業者への十分な周知と理解が必要なもの。河野大臣も「しっかりどれがステマか分かるようにしないと混乱する」と会見で説明している。提言を行った自民党部会でも丁寧な説明と議論が求められる。
「運用基準」の評価、影響大きく混乱も
消費者庁は今年1月、ステルスマーケティング規制に対する事業者の予見性確保のため、運用基準案を公表した。
事業者が「表示の決定に関与した」と判断されるもののうち、「なりすまし型」は容易に理解できる。ただ、「事業者が第三者に行わせる表示」が分かりにくい。運用基準では、(1)商品等の表示をしてもらうことを目的に、商品等を無償提供する結果、第三者が事業者の目的に沿う表示を行うなど、自主的な意思による表示と認められないもの、(2)商品等の表示を行うことが経済上の利益をもたらすことを言外から感じさせたり、言動から推認させたりするなどの結果として表示を行うなど、第三者の自主的な意思による表示と認められないもの――を例示する。「第三者の自主的な意思」が可否を分ける。
ただ、レビュー投稿などのキャンペーンや懸賞では、事業者と消費者の間に何らかの情報のやり取りや関係性が生じるのが通常だ。そうであっても消費者自身の意思で投稿内容を決定していることはよくある。どこまでがセーフで、どこからがアウトなのか、運用基準には示されていない。事業者からは「規制範囲が不明確だと、プロモーションに過度な委縮効果が生じる」、「どのレベルをステマと感じるかは、人により認識が異なる。認識を共有できる定義を定めるべき」との声がある。
行政のガイドラインでは、よく同様の問題が生じる。問題とならない事例は示せても、問題事例は解釈の余地を広く残す意図が働く。禁止行為を明確にすると、これを避け、脱法的な手法でプロモーションを行う事業者も現れるためだ。
すでに景表法で示されている二重価格や将来価格のガイドラインなども同様に、セーフティゾーンは明確だが、問題事例は個別事案ごとに判断の余地を残す。そこにこうした規制の難しさはある。ステマ規制が抽象的規制を念頭に置くため、ガイドラインも抽象的にならざるを得ない。
ただ、どのような事例を問題と想定しているか分からなければ事業者の混乱を招く。「もう少しブレークダウンする必要があるのでは」(公取OB)と指摘する関係者もいる。