アマゾン・ドットコムが化粧品のくちコミサイト「@cosme(アットコスメ)」を運営するアイスタイルと資本業務提携を締結した(本紙1858号既報)。アマゾンは、「アットコスメ」が保有する膨大なくちコミをはじめとする”データ”に価値を見出したとみられる。提携で化粧品EC市場の競争環境はどう変わるのか。
大手PFによる競争激化へ
化粧品は、価格競争が起こりにくい市場だ。国内は古くから制度品文化が根づき、セールやキャンペーンを除き値引き販売に制約がある。ECも例外ではなく、市場の拡大で競争は激化しているが、その”慣習”が新規参入の障壁にもなっている。化粧品ECプラットフォームのスタートアップを経験したある関係者が話す。
「ECは大量入荷し割引価格で大量販売できることが強み。ただ、化粧品はメーカーが強く仕入れ販売では利益を取りにくい。ウェブはマス展開に適しているが、投資対効果が悪いため拡大しにくい。最後は資本力の勝負になる」。百貨店ブランドが手に入りにくい地方に活路を見出したが、百貨店が運営する通販サイトもあり、ここ数年は苦戦していたという。ゲーム業界でかつてプラットフォーム(PF)の役割を果たしていたグリーがアップルやグーグルなどアプリにその座を奪われゲーム提供会社となったのと同様、化粧品ECは資本力に余力のある大手ITプラットフォームの競争が激化している。
楽天、Qoo10の後塵拝すアマゾン
PFで化粧品に強みを持つのは楽天だ。楽天は、出店者とともに魅力的な”楽天商圏”をつくることを目指す。販売は、各出店者がそれぞれ商品を販売する「マーケットプレイス型」。中には、独自に値引き販売を行う出店者もいる。結果として「消費者は、他のPFより安価に商品を購入できるものが多い」(前出関係者)。
若年層を中心に支持が定着する「韓国コスメ」に強みを持つのは、「Qoo10」を運営するイーベイジャパン。「メガ割」などセールでは「韓国コスメがブームの時にQoo10だけは買えた。韓国コスメは割引もでき、『メガ割』になると”夜中3時までお気に入り登録した”なんて女性がモールに殺到する」(別の関係者)という。
一方、アマゾンはこれら競合モールの後塵を拝してきた。アマゾンは創業当時から自社直販へのこだわりが強いとされる。このため、化粧品販売においては、メーカーとのしがらみの影響を直接受けやすい。「アマゾンもセールは売れるけど、Qoo10、楽天の方が売れている」(PFに出店するメーカー担当者)。「アットコスメ」との連携は、アマゾンにどのような強みをもたらすか。
「商品情報」活用で豊富な品揃え実現
「化粧品は、ブランド数が多く、マスで広告展開できる商品は限られる。認知を得ず市場から消える商品もある。そのためいかに”お墨付き”、くちコミを得るかが大事。ウェブなら『アットコスメ』や『LIPS(リップス)』、雑誌であれば『美的』『MAQUIA(マキア)』『VOCE(ヴォーチェ)』などがコスメランキングをやっている。プロモーションコストも安い」(同)。販売において、くちコミは重要な役割を果たす。
「アットコスメ」に登録されている国内外のブランド数は約4万2000件、商品数は約36万件。市場に流通する化粧品をほぼ網羅する。99年の創業来、累計のくちコミ数は1810万件。その数は膨大で他を圧倒する。
出店者がサイトで独自の工夫を行う楽天に比べ、アマゾンは商品ページ作成における自社の負担が大きい。
一方、「アットコスメ」の「JANコードで管理された商品情報」「カテゴリ分類」「くちコミ」で整理されたデータを手に入れることができれば、比較的容易に自らのサイトに商品ページを構築することができ、目指す「地球上で最も豊富な品揃え」を化粧品カテゴリにおいても実現できる。「技術的には、アットコスメのくちコミを自社サイトに移管・掲載することもできる。実際にスムーズな承継を行うには、閉鎖や承継手法の工夫を含め、『アットコスメ』のサイトの扱いを慎重に検討する必要があるが価値は大きい」(前出PF関係者)。
SEO対策で優位に働く「くちコミ」
ウェブのSEO対策でも強みになる。グーグルの検索アルゴリズムにおいて、更新性のある「くちコミ」は評価が高い一つとされる。例えば、ある化粧品を検索した場合、検索順位は上位から「メーカー公式サイト↓アットコスメ↓楽天↓アマゾン」の順で表示された。すべてではないが、「中には公式よりアットコスメが上のものもある」(同)。「アットコスメ」を通じたアマゾンへの誘導を強化することで顧客獲得につながる。また、「アットコスメ」に蓄積した購買・閲覧行動データを活用すれば、関連商品のレコメンド精度も高めることができるだろう。
化粧品で一歩リードする楽天にとって「マーケットプライス型」は強みであると同時に、ウィークポイントにもなる。「A」という商品を扱う出店者のサイトが横並びで表示される構成のため、サービス面の評価を含め、商品のくちコミは各出店者のサイトに蓄積される。
アマゾンもマーケットプレイスは展開するが、「商品軸」のページ構成が基本。「A」のくちコミは1サイトに集約される。
SEO上は、「『口紅』などカテゴリ検索した場合、楽天は出店者サイト(コンテンツ)が多いため上位に表示されやすい。商品名検索では、アマゾンに強みがある」(同)。サイト構成上も、商品軸でひもづく「アットコスメ」のくちコミデータとの親和性が高く、データを有効活用できる。
互いの強み補完 海外顧客も視野か
一方のアイスタイルは、22年6月期に増収を果たしたものの、約4・5億円の営業赤字、約5・7億円の最終赤字に転落した。ECは増収を果たしたが、楽天の「お買い物マラソン」、アマゾンの「ブラックフライデー」、Qoo10の「メガ割」など大手PFはセールやポイント制度を整備しており、配送などサービス面も充実している。「在庫商品・お取り寄せによっても発送・配送日数はばらつきがある。くちコミは閲覧するが、サービス面はPFが充実しており、ほかで買うというユーザーは少なくない」(同)。古くからのコアなファンが支えている側面があるとみられる。多くのECプラットフォームが直面する課題だが、くちコミサイトとして強みを最大限活かしきれてはいないだろう。
そのくちコミも、近年はツイッターやインスタグラムなどSNSが台頭する。くちコミに強みを持つアイスタイルと、ECに強みを持つアマゾンが手を組むことで、データの利用価値が飛躍的に高まるとみられる。海外展開でも「アットコスメ」に蓄積した商品、くちコミ情報を有効利用することで、スピード感をもって海外顧客にもリーチしやすくなるとみられる。
◇
化粧品は書籍同様、商品数が多く、流通のしがらみが強い。出版流通に変革を起こしたアマゾンだけに、これを崩すことができれば市場を席捲できると考えたのかもしれない。その上で、ECの戦いを優位に進め、消費者から購入先として魅力を増す上でも「くちコミ」は重要な意味を持つ。アマゾンジャパンは、「アットコスメ」のくちコミデータ等の活用について、「今後の具体的な計画は、現時点ではお答えいたしかねる」としている。
米アマゾン筆頭株主に、183億円調達しテクノロジー投資
<資本業務提携の概要>
米アマゾン・ドットコムは今年8月、アイスタイルとの資本業務提携を発表した。アイスタイルが実施する第三者者割当による新株予約権などをアマゾンや三井物産が引き受け、計183億9000円を調達する。このうちアマゾンが約140億円を占める。
新株予約権発行後の持株比率は、米アマゾンが36・95%で筆頭株主になる。以下、アイスタイル社長の吉松徹郎氏の資産管理会社であるワイ(9・12%)、吉松徹郎氏(4・97%)、日本マスタートラスト信託銀行(4・16%)、三井物産(3・98%)などとなる。
アイスタイルでは、調達資金のうち、約50億円を長期借入金の返済、約110億円をテクノロジー投資に充てる。
出資後、アマゾンジャパンは、自社通販サイトに化粧品を販売する「@cosme shopping(仮称)」を開設。「@cosme(アットコスメ)」で蓄積したくちコミなど、信頼できるコスメ・美容関連の情報を強みにアマゾンの顧客向けの化粧品販売を展開していく。また、オンラインとオフライン連携した施策も展開。アイスタイルが持つくちコミや品ぞろえ、店舗づくりの知見を活かしていく。
三井物産との協業では、同社が持つアジアをはじめグローバルのネットワークを活用。海外事業におけるパートナーの発掘、ECや店舗事業におけるサプライチェーン構築、関連するマクロデータの提供をサポートする。国内流通事業における店舗開発や課題解決においてもアイスタイルと連携していく。
アイスタイルは同日、同社の小売事業等を統括する遠藤宗プラットフォーム事業セグメント長が代表取締役社長兼COOに就任すると発表した(就任予定は9月26日)。創業者で代表取締役社長兼CEOの吉松徹郎氏は、代表取締役会長兼CEOに退く。
22年6月期の業績は、連結売上高は、前年比約11%増の344億円。小売事業が好調で「EC」は同18%増の93億円、「店舗」は同21%増の125億円だった。一方、「アットコスメ」は、広告サービスなど「BtoB課金」が増収だったものの、ユーザー向け「BtoC課金」が減収。ユーザー活性化の費用増加で利益率が低下した。損益面は、営業損失は4億5300万円(前年は6億400万円の損失)、純損失は5億7100万円(同3億7900万円の利益)だった。
大手PFによる競争激化へ
化粧品は、価格競争が起こりにくい市場だ。国内は古くから制度品文化が根づき、セールやキャンペーンを除き値引き販売に制約がある。ECも例外ではなく、市場の拡大で競争は激化しているが、その”慣習”が新規参入の障壁にもなっている。化粧品ECプラットフォームのスタートアップを経験したある関係者が話す。
「ECは大量入荷し割引価格で大量販売できることが強み。ただ、化粧品はメーカーが強く仕入れ販売では利益を取りにくい。ウェブはマス展開に適しているが、投資対効果が悪いため拡大しにくい。最後は資本力の勝負になる」。百貨店ブランドが手に入りにくい地方に活路を見出したが、百貨店が運営する通販サイトもあり、ここ数年は苦戦していたという。ゲーム業界でかつてプラットフォーム(PF)の役割を果たしていたグリーがアップルやグーグルなどアプリにその座を奪われゲーム提供会社となったのと同様、化粧品ECは資本力に余力のある大手ITプラットフォームの競争が激化している。
楽天、Qoo10の後塵拝すアマゾン
PFで化粧品に強みを持つのは楽天だ。楽天は、出店者とともに魅力的な”楽天商圏”をつくることを目指す。販売は、各出店者がそれぞれ商品を販売する「マーケットプレイス型」。中には、独自に値引き販売を行う出店者もいる。結果として「消費者は、他のPFより安価に商品を購入できるものが多い」(前出関係者)。
若年層を中心に支持が定着する「韓国コスメ」に強みを持つのは、「Qoo10」を運営するイーベイジャパン。「メガ割」などセールでは「韓国コスメがブームの時にQoo10だけは買えた。韓国コスメは割引もでき、『メガ割』になると”夜中3時までお気に入り登録した”なんて女性がモールに殺到する」(別の関係者)という。
一方、アマゾンはこれら競合モールの後塵を拝してきた。アマゾンは創業当時から自社直販へのこだわりが強いとされる。このため、化粧品販売においては、メーカーとのしがらみの影響を直接受けやすい。「アマゾンもセールは売れるけど、Qoo10、楽天の方が売れている」(PFに出店するメーカー担当者)。「アットコスメ」との連携は、アマゾンにどのような強みをもたらすか。
「商品情報」活用で豊富な品揃え実現
「化粧品は、ブランド数が多く、マスで広告展開できる商品は限られる。認知を得ず市場から消える商品もある。そのためいかに”お墨付き”、くちコミを得るかが大事。ウェブなら『アットコスメ』や『LIPS(リップス)』、雑誌であれば『美的』『MAQUIA(マキア)』『VOCE(ヴォーチェ)』などがコスメランキングをやっている。プロモーションコストも安い」(同)。販売において、くちコミは重要な役割を果たす。
「アットコスメ」に登録されている国内外のブランド数は約4万2000件、商品数は約36万件。市場に流通する化粧品をほぼ網羅する。99年の創業来、累計のくちコミ数は1810万件。その数は膨大で他を圧倒する。
出店者がサイトで独自の工夫を行う楽天に比べ、アマゾンは商品ページ作成における自社の負担が大きい。
一方、「アットコスメ」の「JANコードで管理された商品情報」「カテゴリ分類」「くちコミ」で整理されたデータを手に入れることができれば、比較的容易に自らのサイトに商品ページを構築することができ、目指す「地球上で最も豊富な品揃え」を化粧品カテゴリにおいても実現できる。「技術的には、アットコスメのくちコミを自社サイトに移管・掲載することもできる。実際にスムーズな承継を行うには、閉鎖や承継手法の工夫を含め、『アットコスメ』のサイトの扱いを慎重に検討する必要があるが価値は大きい」(前出PF関係者)。
SEO対策で優位に働く「くちコミ」
ウェブのSEO対策でも強みになる。グーグルの検索アルゴリズムにおいて、更新性のある「くちコミ」は評価が高い一つとされる。例えば、ある化粧品を検索した場合、検索順位は上位から「メーカー公式サイト↓アットコスメ↓楽天↓アマゾン」の順で表示された。すべてではないが、「中には公式よりアットコスメが上のものもある」(同)。「アットコスメ」を通じたアマゾンへの誘導を強化することで顧客獲得につながる。また、「アットコスメ」に蓄積した購買・閲覧行動データを活用すれば、関連商品のレコメンド精度も高めることができるだろう。
化粧品で一歩リードする楽天にとって「マーケットプライス型」は強みであると同時に、ウィークポイントにもなる。「A」という商品を扱う出店者のサイトが横並びで表示される構成のため、サービス面の評価を含め、商品のくちコミは各出店者のサイトに蓄積される。
アマゾンもマーケットプレイスは展開するが、「商品軸」のページ構成が基本。「A」のくちコミは1サイトに集約される。
SEO上は、「『口紅』などカテゴリ検索した場合、楽天は出店者サイト(コンテンツ)が多いため上位に表示されやすい。商品名検索では、アマゾンに強みがある」(同)。サイト構成上も、商品軸でひもづく「アットコスメ」のくちコミデータとの親和性が高く、データを有効活用できる。
互いの強み補完 海外顧客も視野か
一方のアイスタイルは、22年6月期に増収を果たしたものの、約4・5億円の営業赤字、約5・7億円の最終赤字に転落した。ECは増収を果たしたが、楽天の「お買い物マラソン」、アマゾンの「ブラックフライデー」、Qoo10の「メガ割」など大手PFはセールやポイント制度を整備しており、配送などサービス面も充実している。「在庫商品・お取り寄せによっても発送・配送日数はばらつきがある。くちコミは閲覧するが、サービス面はPFが充実しており、ほかで買うというユーザーは少なくない」(同)。古くからのコアなファンが支えている側面があるとみられる。多くのECプラットフォームが直面する課題だが、くちコミサイトとして強みを最大限活かしきれてはいないだろう。
そのくちコミも、近年はツイッターやインスタグラムなどSNSが台頭する。くちコミに強みを持つアイスタイルと、ECに強みを持つアマゾンが手を組むことで、データの利用価値が飛躍的に高まるとみられる。海外展開でも「アットコスメ」に蓄積した商品、くちコミ情報を有効利用することで、スピード感をもって海外顧客にもリーチしやすくなるとみられる。
◇
化粧品は書籍同様、商品数が多く、流通のしがらみが強い。出版流通に変革を起こしたアマゾンだけに、これを崩すことができれば市場を席捲できると考えたのかもしれない。その上で、ECの戦いを優位に進め、消費者から購入先として魅力を増す上でも「くちコミ」は重要な意味を持つ。アマゾンジャパンは、「アットコスメ」のくちコミデータ等の活用について、「今後の具体的な計画は、現時点ではお答えいたしかねる」としている。
米アマゾン筆頭株主に、183億円調達しテクノロジー投資
<資本業務提携の概要>
米アマゾン・ドットコムは今年8月、アイスタイルとの資本業務提携を発表した。アイスタイルが実施する第三者者割当による新株予約権などをアマゾンや三井物産が引き受け、計183億9000円を調達する。このうちアマゾンが約140億円を占める。
新株予約権発行後の持株比率は、米アマゾンが36・95%で筆頭株主になる。以下、アイスタイル社長の吉松徹郎氏の資産管理会社であるワイ(9・12%)、吉松徹郎氏(4・97%)、日本マスタートラスト信託銀行(4・16%)、三井物産(3・98%)などとなる。
アイスタイルでは、調達資金のうち、約50億円を長期借入金の返済、約110億円をテクノロジー投資に充てる。
出資後、アマゾンジャパンは、自社通販サイトに化粧品を販売する「@cosme shopping(仮称)」を開設。「@cosme(アットコスメ)」で蓄積したくちコミなど、信頼できるコスメ・美容関連の情報を強みにアマゾンの顧客向けの化粧品販売を展開していく。また、オンラインとオフライン連携した施策も展開。アイスタイルが持つくちコミや品ぞろえ、店舗づくりの知見を活かしていく。
三井物産との協業では、同社が持つアジアをはじめグローバルのネットワークを活用。海外事業におけるパートナーの発掘、ECや店舗事業におけるサプライチェーン構築、関連するマクロデータの提供をサポートする。国内流通事業における店舗開発や課題解決においてもアイスタイルと連携していく。
アイスタイルは同日、同社の小売事業等を統括する遠藤宗プラットフォーム事業セグメント長が代表取締役社長兼COOに就任すると発表した(就任予定は9月26日)。創業者で代表取締役社長兼CEOの吉松徹郎氏は、代表取締役会長兼CEOに退く。
22年6月期の業績は、連結売上高は、前年比約11%増の344億円。小売事業が好調で「EC」は同18%増の93億円、「店舗」は同21%増の125億円だった。一方、「アットコスメ」は、広告サービスなど「BtoB課金」が増収だったものの、ユーザー向け「BtoC課金」が減収。ユーザー活性化の費用増加で利益率が低下した。損益面は、営業損失は4億5300万円(前年は6億400万円の損失)、純損失は5億7100万円(同3億7900万円の利益)だった。