ネット広告業界が、市場の健全化に動き始めている。顕在化した問題の一つが、アフィリエイト広告を中心とする不適切な広告の氾濫。大量の広告配信を担うアドネットワークの提供事業者は、不適切な広告の配信停止に舵を切る。背景には、8月に施行される改正薬機法の影響、強まる「何人規制」の圧力もある。
薬機法違反の広告配信を停止
百度グループでアドネットワークを提供するpopIn(=ポップイン)は5月、配信広告の審査基準の強化を決めた。薬機法など表示関連法に抵触すると判断した広告、過度にコンプレックスを煽ったり、差別を助長する表現の広告配信を停止する方針を公表した。
審査体制も強化した。社内に独立した権限を持つ「品質管理室」を設置。3人の人員を配置し、審査プロセスを監査する。広告審査では、広告チェック等をサポートするビズテーラー・パートナーズに一部を業務委託。社内外で客観的な審査を行い、信頼性の高い配信を目指す。社員にYMAA(薬機法医療法遵守代理店認証)など民間の資格取得も推奨していく。自社の提供枠に表示されるクレジットからリンクする「申告フォーム」を設置するなど広告に接した消費者の苦情受付も充実した。
配信事業者の審査厳格化の流れはこれにとどまらない。同業のZucks(=ザックス)は3月、取引先に4月末でEC単品コスメ案件の配信をNGにすると通知した。業界関係筋によると、「同業のGMOアドマーケティングも審査強化を決めた」という。
背景に相次ぐ薬機法違反事件
方針転換の背景には、8月に控える改正薬機法施行があるとみられる。
改正薬機法は、医薬品や医薬部外品、化粧品の「虚偽・誇大広告」の抑止を図り、新たに課徴金制度(=表)を導入する。薬機法は「何人規制」で、代理店や配信事業者も対象になりうる。
これら”仲介者”の取締りも厳しくなっている。広告業界に衝撃を与えたのは昨年7月、大阪府警が代理店、広告制作会社を含め6人の逮捕者を出した「ステラ漢方事件」。対象となった健食のアフィリエイト広告を配信した1社はポップインだった(配信したとされるもう1社は事実確認に未回答)。
府警は今年3月にも薬機法違反の疑いでアフィリエイターの男性を書類送検。ASP(アフィリエイトサービスプロバイダ)の家宅捜索も行われた。
「責任回避」の連鎖が招く違反広告
アドネットは、媒体社に広告配信・分析のシステムを提供。運営するニュースサイト等の広告枠に配信する。有力企業は、前出のポップインやザックス、GMOアドマーケティングのほか、ログリー、Speee(スピー)、Taboola(タブーラ)などがある。
媒体社にとってもアドネットは、マネタイズを図る上で無くてはならない存在。有力アフィリエイターにとっても同様だ。ここ数年、アフィリエイト業界は自ら広告出稿し、アフィリエイトサイトに集客を図る「アドアフィリエイト」が増加している。運用に欠かせないのが、広告を数多くの媒体に一斉配信するアドネットワークだ。
不適切なネット広告氾濫の背景には、業界の構造的な問題がある。アドネットが媒体社に提供するシステムには、基本的に配信広告のオン・オフ機能がある。媒体社は、自らの判断で違反の蓋然性が高い広告をシャットアウトできる。だが、「チェックするとなると膨大な数になる。また、潤沢な予算を確保しにくいブランド広告より強い煽りのレスポンス広告の方が総じてクリック単価が高い。定期縛りに誘導するなら数カ月の継続が見込め、広告主も高い入札金額を設定できる。媒体社とアドネットで分配する利益も増える」(関係者)。
こうした背景から、媒体社も掲載広告の健全化に二の足を踏む。強い広告を配信したい広告主、アフィリエイター、より高い収益をあげたい媒体社、アドネット。広告責任は一義的に広告主にあり、関係事業者に遵法意識は醸成されにくい。こうして「責任回避」の連鎖は起こる。
形骸化した広告健全化の取組み
広告業界は、過去にも市場健全化に舵を切ったことがある。
19年7月、広告配信に関わる9社は、フェイク広告や違反広告の根絶に取り組むとの共同声明を公表。ポップインのほか、アイモバイル、サイバーエージェント、インタースペース、Gunosy(グノシー)、GMOアドマーケティング、Speee、Taboola、ログリーが参加した。だが、今なお市場に不適切な広告はあふれる。代理店関係者は「声明は形骸化している」と話す。
「ステラ漢方事件」の後にもアドネットの関連事業者は協議の場を持ったとされる。だが、「『やられることはないから大丈夫』との結論に至った」(前出関係者)という。改正薬機法の施行を前に「アドネット事業者で足並みを合わせようという話があったが、内実は都合よく外向けに発信しようというものだった」(別の関係者)との話も聞かれる。
◇
「なぜ通さないんだ」。ポップインの方針転換を受け、一部代理店からはクレームが寄せられている。「また戻るのでは」と、冷ややかな感想を口にする関係者もいる。一方、適切な広告の掲載を望む複数の企業は、歓迎の意向を示す。ザックスの通知にも「個人的印象では5月以降もさほど変わっていない」との評が聞かれる。
一連の動きは、改正薬機法の影響を図りかねる中、一過性のもので終わるのか。ポップインの西舘亜希子取締役は「薬機法うんぬんではなく、不適切広告は社会課題になっている。企業姿勢を示し、賛同してくれる広告主と正しくビジネスに取り組みたい」と、決断の理由を話す。ネット広告業界に起こった綱引きの着地点が注目される。
「応援の声信じやり切る」、売上は2割減も2度目の挑戦
<方針転換の背景>
ポップインの髙橋大介取締役副社長(
写真右)、広告配信事業を統括する西舘亜希子取締役に、審査強化の目的を聞いた。
――方針転換の理由は。
髙橋「家庭用プロジェクターの製造販売事業も行っており、拡大基調にある中でブランディングを意識し始めたこともある」
――広告配信事業で意識する必要はない。
髙橋「収益追求と厳格なブランド管理というベクトルが異なる事業がある中で、社員のモチベーションの共有が難しくなっていた。統一的な方向性を発信したかった」
――薬機法違反事件など外的要因もあるか。
髙橋「今夏に薬機法の改正が控えていることも一因ではある」
西舘「外的要因以上に、企業としてどうありたいかの決断。媒体社のマネタイズの重要性は理解している。ただ、正しいことをしている会社が残っていける健全な市場を作りたい。誰かがやらなければいけないのであれば、媒体価値を高めるためにも、上流で止められるものは自分たちでやろうと考えた」
――取り組みは。
髙橋「取引社は約140社。とくに不適切と判断した広告を配信する代理店25社と協議を進めてきた。最終的に方針が一致しない6社は契約解除を伝えた。改善に向けた協力姿勢を示し協議を続けているところもある」
――19年にも声明を出した。
髙橋「代理店が他社に流れ、売り上げの下落に耐え切れず審査を緩和した。覚悟がなかったことに尽きる」
――「また戻る」との見方もある。
髙橋「他社の審査を通過しているというエクスキューズもあり、審査担当者もジレンマと葛藤していた。振り切れず、社内を混乱させた。代理店からも急に変えたり戻したり、と批判を受けた」
――売り上げの変動は。
髙橋「初速で1日あたり3割ほど落ちた。今は2割減ほど(5月末時点)」
――契約解除の代理店の貢献度は。
髙橋「年間を通じた取引より、短期的に売れる商品を持ってきては消える会社も多い」
――配信数は。
髙橋「常時1000件ほどの広告を回しているが、代理店によっては半分ほどになった」
――取引先の反応は。
髙橋「クレームもあるが、支持してくれるところもある。コンプレックスを強調した訴求があるため敬遠していた広告主、代理店もあり、新たに取引につながっている」
――なぜ敬遠されていた。
髙橋「ブランドを大切にする広告主は、提供枠の横に並ぶ広告も気にする。シミを強調した強い訴求の広告があれば、適正な広告のレスポンスは悪くなる」
――媒体側が提供枠を他社に委託するかもしれない。
髙橋「可能性はある。事前のアナウンスに好意的な反応もあるが、マネタイズが厳しいと話す媒体もある。広告がきれいになっても、数字の下落を見れば担当者が大変な思いをすることは容易に想像できる」
――広告審査はどう変えた。
西舘「法令遵守と感覚的な側面がある。とくに審査が必要なのは健康食品と化粧品。薬機法、景表法は専門的な知識も必要になる。判断に迷うものは止め、提携企業の協力を得て配信可否の論拠を持ちつつ配信する」
――感覚的な側面は。
西舘「何をもってコンプレックスの強調と判断するか、価値観は多様で一律対応は難しい。主観的な部分もある。明確な基準はないが、視覚的に問題と感じるものなど、法律以前の部分も抜本的に変えたい。例えば太っている体の強調が不快という判断もあるし、不快と指摘することが差別的という判断もある。自社の価値判断を磨きたい」
髙橋「広告も情報コンテンツと理解している。単に配信する事業者ではなく、よりよい広告、情報を届ける企業でありたい。反省すべきところはしつつ、応援の声を信じて実務に落としてやり切る」
薬機法違反の広告配信を停止
百度グループでアドネットワークを提供するpopIn(=ポップイン)は5月、配信広告の審査基準の強化を決めた。薬機法など表示関連法に抵触すると判断した広告、過度にコンプレックスを煽ったり、差別を助長する表現の広告配信を停止する方針を公表した。
審査体制も強化した。社内に独立した権限を持つ「品質管理室」を設置。3人の人員を配置し、審査プロセスを監査する。広告審査では、広告チェック等をサポートするビズテーラー・パートナーズに一部を業務委託。社内外で客観的な審査を行い、信頼性の高い配信を目指す。社員にYMAA(薬機法医療法遵守代理店認証)など民間の資格取得も推奨していく。自社の提供枠に表示されるクレジットからリンクする「申告フォーム」を設置するなど広告に接した消費者の苦情受付も充実した。
配信事業者の審査厳格化の流れはこれにとどまらない。同業のZucks(=ザックス)は3月、取引先に4月末でEC単品コスメ案件の配信をNGにすると通知した。業界関係筋によると、「同業のGMOアドマーケティングも審査強化を決めた」という。
背景に相次ぐ薬機法違反事件
方針転換の背景には、8月に控える改正薬機法施行があるとみられる。
改正薬機法は、医薬品や医薬部外品、化粧品の「虚偽・誇大広告」の抑止を図り、新たに課徴金制度(=表)を導入する。薬機法は「何人規制」で、代理店や配信事業者も対象になりうる。
これら”仲介者”の取締りも厳しくなっている。広告業界に衝撃を与えたのは昨年7月、大阪府警が代理店、広告制作会社を含め6人の逮捕者を出した「ステラ漢方事件」。対象となった健食のアフィリエイト広告を配信した1社はポップインだった(配信したとされるもう1社は事実確認に未回答)。
府警は今年3月にも薬機法違反の疑いでアフィリエイターの男性を書類送検。ASP(アフィリエイトサービスプロバイダ)の家宅捜索も行われた。
「責任回避」の連鎖が招く違反広告
アドネットは、媒体社に広告配信・分析のシステムを提供。運営するニュースサイト等の広告枠に配信する。有力企業は、前出のポップインやザックス、GMOアドマーケティングのほか、ログリー、Speee(スピー)、Taboola(タブーラ)などがある。
媒体社にとってもアドネットは、マネタイズを図る上で無くてはならない存在。有力アフィリエイターにとっても同様だ。ここ数年、アフィリエイト業界は自ら広告出稿し、アフィリエイトサイトに集客を図る「アドアフィリエイト」が増加している。運用に欠かせないのが、広告を数多くの媒体に一斉配信するアドネットワークだ。
不適切なネット広告氾濫の背景には、業界の構造的な問題がある。アドネットが媒体社に提供するシステムには、基本的に配信広告のオン・オフ機能がある。媒体社は、自らの判断で違反の蓋然性が高い広告をシャットアウトできる。だが、「チェックするとなると膨大な数になる。また、潤沢な予算を確保しにくいブランド広告より強い煽りのレスポンス広告の方が総じてクリック単価が高い。定期縛りに誘導するなら数カ月の継続が見込め、広告主も高い入札金額を設定できる。媒体社とアドネットで分配する利益も増える」(関係者)。
こうした背景から、媒体社も掲載広告の健全化に二の足を踏む。強い広告を配信したい広告主、アフィリエイター、より高い収益をあげたい媒体社、アドネット。広告責任は一義的に広告主にあり、関係事業者に遵法意識は醸成されにくい。こうして「責任回避」の連鎖は起こる。
形骸化した広告健全化の取組み
広告業界は、過去にも市場健全化に舵を切ったことがある。
19年7月、広告配信に関わる9社は、フェイク広告や違反広告の根絶に取り組むとの共同声明を公表。ポップインのほか、アイモバイル、サイバーエージェント、インタースペース、Gunosy(グノシー)、GMOアドマーケティング、Speee、Taboola、ログリーが参加した。だが、今なお市場に不適切な広告はあふれる。代理店関係者は「声明は形骸化している」と話す。
「ステラ漢方事件」の後にもアドネットの関連事業者は協議の場を持ったとされる。だが、「『やられることはないから大丈夫』との結論に至った」(前出関係者)という。改正薬機法の施行を前に「アドネット事業者で足並みを合わせようという話があったが、内実は都合よく外向けに発信しようというものだった」(別の関係者)との話も聞かれる。
◇
「なぜ通さないんだ」。ポップインの方針転換を受け、一部代理店からはクレームが寄せられている。「また戻るのでは」と、冷ややかな感想を口にする関係者もいる。一方、適切な広告の掲載を望む複数の企業は、歓迎の意向を示す。ザックスの通知にも「個人的印象では5月以降もさほど変わっていない」との評が聞かれる。
一連の動きは、改正薬機法の影響を図りかねる中、一過性のもので終わるのか。ポップインの西舘亜希子取締役は「薬機法うんぬんではなく、不適切広告は社会課題になっている。企業姿勢を示し、賛同してくれる広告主と正しくビジネスに取り組みたい」と、決断の理由を話す。ネット広告業界に起こった綱引きの着地点が注目される。
「応援の声信じやり切る」、売上は2割減も2度目の挑戦
<方針転換の背景>
ポップインの髙橋大介取締役副社長(写真右)、広告配信事業を統括する西舘亜希子取締役に、審査強化の目的を聞いた。
――方針転換の理由は。
髙橋「家庭用プロジェクターの製造販売事業も行っており、拡大基調にある中でブランディングを意識し始めたこともある」
――広告配信事業で意識する必要はない。
髙橋「収益追求と厳格なブランド管理というベクトルが異なる事業がある中で、社員のモチベーションの共有が難しくなっていた。統一的な方向性を発信したかった」
――薬機法違反事件など外的要因もあるか。
髙橋「今夏に薬機法の改正が控えていることも一因ではある」
西舘「外的要因以上に、企業としてどうありたいかの決断。媒体社のマネタイズの重要性は理解している。ただ、正しいことをしている会社が残っていける健全な市場を作りたい。誰かがやらなければいけないのであれば、媒体価値を高めるためにも、上流で止められるものは自分たちでやろうと考えた」
――取り組みは。
髙橋「取引社は約140社。とくに不適切と判断した広告を配信する代理店25社と協議を進めてきた。最終的に方針が一致しない6社は契約解除を伝えた。改善に向けた協力姿勢を示し協議を続けているところもある」
――19年にも声明を出した。
髙橋「代理店が他社に流れ、売り上げの下落に耐え切れず審査を緩和した。覚悟がなかったことに尽きる」
――「また戻る」との見方もある。
髙橋「他社の審査を通過しているというエクスキューズもあり、審査担当者もジレンマと葛藤していた。振り切れず、社内を混乱させた。代理店からも急に変えたり戻したり、と批判を受けた」
――売り上げの変動は。
髙橋「初速で1日あたり3割ほど落ちた。今は2割減ほど(5月末時点)」
――契約解除の代理店の貢献度は。
髙橋「年間を通じた取引より、短期的に売れる商品を持ってきては消える会社も多い」
――配信数は。
髙橋「常時1000件ほどの広告を回しているが、代理店によっては半分ほどになった」
――取引先の反応は。
髙橋「クレームもあるが、支持してくれるところもある。コンプレックスを強調した訴求があるため敬遠していた広告主、代理店もあり、新たに取引につながっている」
――なぜ敬遠されていた。
髙橋「ブランドを大切にする広告主は、提供枠の横に並ぶ広告も気にする。シミを強調した強い訴求の広告があれば、適正な広告のレスポンスは悪くなる」
――媒体側が提供枠を他社に委託するかもしれない。
髙橋「可能性はある。事前のアナウンスに好意的な反応もあるが、マネタイズが厳しいと話す媒体もある。広告がきれいになっても、数字の下落を見れば担当者が大変な思いをすることは容易に想像できる」
――広告審査はどう変えた。
西舘「法令遵守と感覚的な側面がある。とくに審査が必要なのは健康食品と化粧品。薬機法、景表法は専門的な知識も必要になる。判断に迷うものは止め、提携企業の協力を得て配信可否の論拠を持ちつつ配信する」
――感覚的な側面は。
西舘「何をもってコンプレックスの強調と判断するか、価値観は多様で一律対応は難しい。主観的な部分もある。明確な基準はないが、視覚的に問題と感じるものなど、法律以前の部分も抜本的に変えたい。例えば太っている体の強調が不快という判断もあるし、不快と指摘することが差別的という判断もある。自社の価値判断を磨きたい」
髙橋「広告も情報コンテンツと理解している。単に配信する事業者ではなく、よりよい広告、情報を届ける企業でありたい。反省すべきところはしつつ、応援の声を信じて実務に落としてやり切る」