広告を「勧誘」とみる流れが強まっている。今年10月、消費者庁がまとめた消費者団体訴訟制度の報告書において、景品表示法の広告を「消費者契約に関連する行為」と解釈する方針が決まったからだ。景表法は16年に課徴金制度が導入されるなど厳罰化が進む。民事責任追及の圧力も強まることで、企業は”四重”の責めを負うことになりかねない。
被害回復訴訟見直しを検討
消費者団体訴訟制度は、「差止請求」と「被害回復」の両輪からなる。国が認定し、全国に22ある適格消費者団体は、消費者契約法や景表法に基づく任意の申し入れ、差止請求が行える。
団体訴訟について定める消費者裁判手続特例法は、16年10月に施行。国が認定した「特定適格消費者団体」(特定適格)は、消費者に代わり集団的な「被害回復」を目的に訴訟を提起できる。全国に4団体ある。
すでに任意の申し入れで消費者への返金が行われた事例はある。17年、機能性表示食品を販売する16社の大量処分が行われた「葛の花事件」を対象に返金要請を行ったものが記憶に新しい。
ただ、実際の訴訟提起に際しては、特定適格が判断に迷う場面が生じていた。
一つは、特例法が訴訟の対象とする「請求の範囲」。「消費者契約に関する」と定めるが、直接的な契約前のプロセスで行われる「広告」行為、つまり景表法の不当表示が対象になるか解釈があいまいなことだ。
もう一つは「被告の範囲」。特例法はその対象を「消費者契約の相手方である事業者」「消費者契約の締結について勧誘をし、勧誘をさせ、もしくは勧誘を助長する事業者」と定める。メーカーが表示を行い、量販店に卸しているケースにおいて、契約の当事者ではないメーカーを相手取り提訴できるか、判断に迷っていたという。このため、「提訴を諦めるケースもあった」(消費者制度課)。こうした状況を受け、今年3月から10月にかけて、実際の運用を踏まえた見直しを進めていた。
「広告も」、契約プロセスの一部
報告書は、「請求の範囲」について、「(消費者契約に)関する」と規定されていることから、直接的な契約関係で生じるものに限定しない趣旨と結論づけている。消費者庁も「『契約に基づく』とは規定されていない」(同)として、広告も契約に絡む行為の一つであると解釈する。
「被告の範囲」も直接的な契約関係にない場合でも「勧誘をし、勧誘をさせ、勧誘を助長する事業者」に該当し得ると結論づける。これにより、今後は、「メーカーが勧誘したり、勧誘させるなど関係していれば対象になる」(同)とする。
「広告=勧誘」前提に進む解釈
ただ、これを措くとしても、景表法の不当表示を対象にする妥当性に「違和感を覚える」(企業関係者)との声がある。特例法が「被告の範囲」として定めるのは、「広告を行った事業者」ではなく「勧誘を行った事業者」であるためだ。
「広告」が契約に関連する行為の一つであるとしても、「広告=勧誘」であるとの前提で報告書はまとめられている。特定の消費者に働きかけ、契約の意思形成に直接影響を与える「勧誘」と、不特定多数を対象に行われる「広告」は異なるという不文律があった。公取委OBも「執行を担当していた当時は、広告と勧誘が異なるというのは当然の受け止めだった。だからこそ勧誘行為の規制は、業態に応じて特商法で対処されていた」と話す。「広告=勧誘」との解釈は広告の定義も大きく変えることになる。
「不当表示」対象に集団訴訟増加か
検討会でも「広告」と「勧誘」をめぐる議論は決着に至っていない。ただ、影響の大きい解釈変更にもかかわらず、条文への明記など法改正の手続きは取られない。消費者庁は11月7日を期限にパブリックコメントの募集を終え、報告書に基づきガイドラインやQ&Aなどの形で見解を示すとする。「検討会でも、どういう場合に広告にあたるか具体的になったほうがよいという意見もあった。指摘を踏まえ庁内で適切な形を検討する」(同)とする。
あくまで訴訟対象となった広告を「勧誘」とみなすかは、個別案件ごとに法廷で争われる。だが、対象は不当表示で景表法処分を受けた事業者だけではない。”不当表示に該当し得る表示”であればよく、疑いのある表示を対象に不当表示の該当性、広告の「勧誘」該当性を争点に訴訟が増える可能性がある。
◇
景表法は、16年の課徴金制度導入で厳罰化が進んだ。事業者はすでに「措置命令」「課徴金命令」と段階的な行政処分の対象になる。度重なる報道によるレピュテーションリスクも大きい。加えて、民事では、特定適格による「返金要請」も一部で行われてきた。
請求・被告の範囲の解釈拡大が進めば、集団訴訟を背景にした返金要請の圧力も強まる。景表法を対象にした「被害回復訴訟」の増加など、企業は四重の責めを負う。
広告を「勧誘」と同一に捉え、消費者契約の問題として責任追及するのは、消費者利益の保護を図る消費者団体の要請が根強い。実務レベルの実績を積み上げ、「広告=勧誘」となる未来が訪れる可能性もある。景表法の課徴金導入を受けて薬機法も導入されたように、他法に影響するかもしれない。
クロレラ差止訴訟、広告の「勧誘」該当性争点
「勧誘に当たらないとは言えない」
広告を「勧誘」とみなす解釈には伏線がある。2014年~17年にかけて、適格消費者団体の京都消費者契約ネットワーク(=KCCN)が広告の「勧誘」該当性を争った「クロレラチラシ配布差止等請求事件」だ。
広告の「勧誘」該当性をめぐっては、これまで度々議論されてきた。もともと、広告は「勧誘」と異なるとの考えから、広告だけで購入につながる通販は、消費者契約法の適用から外れていた。
15年、消契法改正に向けた検討が行われた消費者委員会「消費者契約法専門調査会」でも遡上に上がった。
ただ、広告に基づいて消費者が意思決定したことを客観的に判断するのが困難であること、消契法で規制される不利益事実をすべて広告に記載することが困難であることなど実務に与える影響の懸念から議論は平行線を辿り、明確な解釈は示されていない。
潮目が変わったのは、17年に示された「クロレラチラシ配布差止等請求事件」の最高裁判決だ。
訴訟は、「サン・クロレラA」などの健康食品を販売するサン・クロレラ販売の役員が会長を務める「日本クロレラ療法研究会」が行っていたチラシを対象にしたもの。KCCNは、糖尿病など具体的な疾病名を上げ、「クロレラ」の効果をうたっていることが、景品表示法の優良誤認、消費者契約法の不実告知にあたるとしてチラシ配布の差し止めを求めた。
争点の一つとして注目されたのが、広告の「勧誘」該当性だった。消契法は、消費者契約に関して勧誘する際に不実告知等を規制する。KCCNはチラシが勧誘にあたると指摘したためだ。
二審の大阪高裁は、「勧誘」には、事業者が不特定多数の消費者に向けて広く行う働きかけは含まれないと判断。個別の消費者の契約締結の意思形成に影響を与える働きかけを「勧誘」であるとし、チラシは勧誘にあたらないとした。
一方、最高裁はこれを覆し、記載内容全体から事業者の商品や取引条件を具体的に認識できる広告を不特定多数の消費者に向けて行う場合、個別の消費者の意思形成に影響を与えることもあり得ると判断。「不特定多数の消費者に向けられたものであっても『勧誘』に当たらないということはできない」との判決を下した。
判決は、広告と「勧誘」を同一とは認定していないが、「勧誘」と判断され得るものがあると判示している。
被害回復訴訟見直しを検討
消費者団体訴訟制度は、「差止請求」と「被害回復」の両輪からなる。国が認定し、全国に22ある適格消費者団体は、消費者契約法や景表法に基づく任意の申し入れ、差止請求が行える。
団体訴訟について定める消費者裁判手続特例法は、16年10月に施行。国が認定した「特定適格消費者団体」(特定適格)は、消費者に代わり集団的な「被害回復」を目的に訴訟を提起できる。全国に4団体ある。
すでに任意の申し入れで消費者への返金が行われた事例はある。17年、機能性表示食品を販売する16社の大量処分が行われた「葛の花事件」を対象に返金要請を行ったものが記憶に新しい。
ただ、実際の訴訟提起に際しては、特定適格が判断に迷う場面が生じていた。
一つは、特例法が訴訟の対象とする「請求の範囲」。「消費者契約に関する」と定めるが、直接的な契約前のプロセスで行われる「広告」行為、つまり景表法の不当表示が対象になるか解釈があいまいなことだ。
もう一つは「被告の範囲」。特例法はその対象を「消費者契約の相手方である事業者」「消費者契約の締結について勧誘をし、勧誘をさせ、もしくは勧誘を助長する事業者」と定める。メーカーが表示を行い、量販店に卸しているケースにおいて、契約の当事者ではないメーカーを相手取り提訴できるか、判断に迷っていたという。このため、「提訴を諦めるケースもあった」(消費者制度課)。こうした状況を受け、今年3月から10月にかけて、実際の運用を踏まえた見直しを進めていた。
「広告も」、契約プロセスの一部
報告書は、「請求の範囲」について、「(消費者契約に)関する」と規定されていることから、直接的な契約関係で生じるものに限定しない趣旨と結論づけている。消費者庁も「『契約に基づく』とは規定されていない」(同)として、広告も契約に絡む行為の一つであると解釈する。
「被告の範囲」も直接的な契約関係にない場合でも「勧誘をし、勧誘をさせ、勧誘を助長する事業者」に該当し得ると結論づける。これにより、今後は、「メーカーが勧誘したり、勧誘させるなど関係していれば対象になる」(同)とする。
「広告=勧誘」前提に進む解釈
ただ、これを措くとしても、景表法の不当表示を対象にする妥当性に「違和感を覚える」(企業関係者)との声がある。特例法が「被告の範囲」として定めるのは、「広告を行った事業者」ではなく「勧誘を行った事業者」であるためだ。
「広告」が契約に関連する行為の一つであるとしても、「広告=勧誘」であるとの前提で報告書はまとめられている。特定の消費者に働きかけ、契約の意思形成に直接影響を与える「勧誘」と、不特定多数を対象に行われる「広告」は異なるという不文律があった。公取委OBも「執行を担当していた当時は、広告と勧誘が異なるというのは当然の受け止めだった。だからこそ勧誘行為の規制は、業態に応じて特商法で対処されていた」と話す。「広告=勧誘」との解釈は広告の定義も大きく変えることになる。
「不当表示」対象に集団訴訟増加か
検討会でも「広告」と「勧誘」をめぐる議論は決着に至っていない。ただ、影響の大きい解釈変更にもかかわらず、条文への明記など法改正の手続きは取られない。消費者庁は11月7日を期限にパブリックコメントの募集を終え、報告書に基づきガイドラインやQ&Aなどの形で見解を示すとする。「検討会でも、どういう場合に広告にあたるか具体的になったほうがよいという意見もあった。指摘を踏まえ庁内で適切な形を検討する」(同)とする。
あくまで訴訟対象となった広告を「勧誘」とみなすかは、個別案件ごとに法廷で争われる。だが、対象は不当表示で景表法処分を受けた事業者だけではない。”不当表示に該当し得る表示”であればよく、疑いのある表示を対象に不当表示の該当性、広告の「勧誘」該当性を争点に訴訟が増える可能性がある。
◇
景表法は、16年の課徴金制度導入で厳罰化が進んだ。事業者はすでに「措置命令」「課徴金命令」と段階的な行政処分の対象になる。度重なる報道によるレピュテーションリスクも大きい。加えて、民事では、特定適格による「返金要請」も一部で行われてきた。
請求・被告の範囲の解釈拡大が進めば、集団訴訟を背景にした返金要請の圧力も強まる。景表法を対象にした「被害回復訴訟」の増加など、企業は四重の責めを負う。
広告を「勧誘」と同一に捉え、消費者契約の問題として責任追及するのは、消費者利益の保護を図る消費者団体の要請が根強い。実務レベルの実績を積み上げ、「広告=勧誘」となる未来が訪れる可能性もある。景表法の課徴金導入を受けて薬機法も導入されたように、他法に影響するかもしれない。
クロレラ差止訴訟、広告の「勧誘」該当性争点
「勧誘に当たらないとは言えない」
広告を「勧誘」とみなす解釈には伏線がある。2014年~17年にかけて、適格消費者団体の京都消費者契約ネットワーク(=KCCN)が広告の「勧誘」該当性を争った「クロレラチラシ配布差止等請求事件」だ。
広告の「勧誘」該当性をめぐっては、これまで度々議論されてきた。もともと、広告は「勧誘」と異なるとの考えから、広告だけで購入につながる通販は、消費者契約法の適用から外れていた。
15年、消契法改正に向けた検討が行われた消費者委員会「消費者契約法専門調査会」でも遡上に上がった。
ただ、広告に基づいて消費者が意思決定したことを客観的に判断するのが困難であること、消契法で規制される不利益事実をすべて広告に記載することが困難であることなど実務に与える影響の懸念から議論は平行線を辿り、明確な解釈は示されていない。
潮目が変わったのは、17年に示された「クロレラチラシ配布差止等請求事件」の最高裁判決だ。
訴訟は、「サン・クロレラA」などの健康食品を販売するサン・クロレラ販売の役員が会長を務める「日本クロレラ療法研究会」が行っていたチラシを対象にしたもの。KCCNは、糖尿病など具体的な疾病名を上げ、「クロレラ」の効果をうたっていることが、景品表示法の優良誤認、消費者契約法の不実告知にあたるとしてチラシ配布の差し止めを求めた。
争点の一つとして注目されたのが、広告の「勧誘」該当性だった。消契法は、消費者契約に関して勧誘する際に不実告知等を規制する。KCCNはチラシが勧誘にあたると指摘したためだ。
二審の大阪高裁は、「勧誘」には、事業者が不特定多数の消費者に向けて広く行う働きかけは含まれないと判断。個別の消費者の契約締結の意思形成に影響を与える働きかけを「勧誘」であるとし、チラシは勧誘にあたらないとした。
一方、最高裁はこれを覆し、記載内容全体から事業者の商品や取引条件を具体的に認識できる広告を不特定多数の消費者に向けて行う場合、個別の消費者の意思形成に影響を与えることもあり得ると判断。「不特定多数の消費者に向けられたものであっても『勧誘』に当たらないということはできない」との判決を下した。
判決は、広告と「勧誘」を同一とは認定していないが、「勧誘」と判断され得るものがあると判示している。