「脂肪にドーン」の衝撃・サントリー黒烏龍茶問題を追う(5) 消費者委の意向に左右されるトクホ
サントリー食品インターナショナル(以下、サントリー食品)の「黒烏龍茶」を巡る一連の騒動は、消費者委員会傘下の部会における一委員の発言をきっかけに起こった。消費者庁が特定保健用食品(トクホ)制度の運用に主体性を発揮できない中、トクホはその魅力すら失いつつある。
◇
今回、「黒烏龍茶」のCMを巡っては、業界関係者からその行政手法に疑問の声が挙がる一方、「CM表現の判断は難しい」「法律に抵触しないと思っているが、広告がどうとは一概に言えない」などの声も聞かれた。
確かに、消費者委が「当該食品を使用すればバランスの取れた食生活を考慮しなくてよい」と指摘するように、「黒烏龍茶」のCMには"これさえ摂れば"との印象を与えかねない部分もあったかもしれない。消費者委は、あしたのジョーをイメージキャラクターに使ったキリンのトクホ「メッツコーラ」のCMにも同じ問題があると言及しており、このことは一企業の問題ではないだろう。
消費者庁食品表示課も「イメージのように人によって受け取り方が違うものを(健康増進法上の)虚偽・誇大(広告)と認定するのはかなり難しい部分がある」(増田直弘課長)とする。
◇
とはいえ、一連の経緯を単なる広告表現の問題で済ませることはできない。行政手法のあり方に疑問を感じるからだ。
消費者庁は、消費者委の指摘事項を示した書面を業界団体とは別にサントリー食品に渡している。結果として、このような個別企業への対応が"サントリー食品のCMに改善要請"と報道される原因をつくった。社名公表に等しい行為だ。
行政手続法に詳しい立命館大学の北村和生教授は、「社名公表は行政手続法上、位置付けが難しいが、一般的な理解は行政処分ではない。もちろん公表により企業が大損害を受けることはあり、過去に損害賠償で争ったケースもあるが、賠償は認められなかった」とする。
ただ、行政手法には消費者庁内部からも「個別企業に書面を渡したことは問題。仮に従わない場合、処分となるのか。一般的な消費者行政の観点から望ましくないという意見なのかよく分からず、事業者を困惑させる。公表するつもりはなく情報が出てしまったのであれば情報管理の問題」(同庁関係者)との指摘がある。
消費者庁食品表示課も「指導であればそのニュアンスは伝わるよう話すが、今回は違う。(サントリー食品から)問い合わせもなく、指導と受け取ったとは考えていない」としつつ、「今回のやり方が誤解を招いたとは思う。その意味で想像力が足りなかったかもしれない。今後は誰が判断して行動するか、はっきりしないといけない」(増田課長)としている。
◇
同様の問題は過去にもあった。2009年、花王のトクホ「エコナクッキングオイル」を巡る安全性問題では、主婦連合会が一時販売停止を主張する一方、日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会は、「エコナ」のリスクを把握した上で情報提供を求めるなど、消費者団体でも意見が割れた。だが、消費者庁は消費者委に委員を送り込み、強硬な主張を繰り返す主婦連側に引きずられ、結果として企業イメージの毀損を懸念した花王自ら幕引きを図った。
10年、日清ファルマの「グルコバスター」もトクホ審査の最終段階で消費者委が「形状がカプセル状であること」を理由にトクホとして認めなかった。01年に撤廃されたはずの形状規制を持ち出し、医薬品と誤認する可能性を指摘したのだ。
今回のサントリー食品の広告を巡る問題も、その構図は全く同じ。これまで積み上げてきた健康食品・トクホの制度議論の蓄積が省みられることはなく、部会の委員が強い問題意識を抱けば消費者委の総意となる。法的根拠すら必要とせず、実質的に社名公表という社会的制裁が加えられた。このようなやり方が今後もまかり通るのであれば、トクホ取得で得られるメリットを、リスクが上回ることになるだろう。
消費者庁には、主体性を発揮し、トクホ制度を運用することを求めたい。一方、一企業の事業活動に多大な影響を及ぼしながら、発言者の「非公開」を理由に最後まで説明責任を果たさなかった部会委員の姿勢には、違和感を覚えざるを得ない。(おわり)
そのほかの注目記事FEATURED ARTICLE OTHER
◇
今回、「黒烏龍茶」のCMを巡っては、業界関係者からその行政手法に疑問の声が挙がる一方、「CM表現の判断は難しい」「法律に抵触しないと思っているが、広告がどうとは一概に言えない」などの声も聞かれた。
確かに、消費者委が「当該食品を使用すればバランスの取れた食生活を考慮しなくてよい」と指摘するように、「黒烏龍茶」のCMには"これさえ摂れば"との印象を与えかねない部分もあったかもしれない。消費者委は、あしたのジョーをイメージキャラクターに使ったキリンのトクホ「メッツコーラ」のCMにも同じ問題があると言及しており、このことは一企業の問題ではないだろう。
消費者庁食品表示課も「イメージのように人によって受け取り方が違うものを(健康増進法上の)虚偽・誇大(広告)と認定するのはかなり難しい部分がある」(増田直弘課長)とする。
◇
とはいえ、一連の経緯を単なる広告表現の問題で済ませることはできない。行政手法のあり方に疑問を感じるからだ。
消費者庁は、消費者委の指摘事項を示した書面を業界団体とは別にサントリー食品に渡している。結果として、このような個別企業への対応が"サントリー食品のCMに改善要請"と報道される原因をつくった。社名公表に等しい行為だ。
行政手続法に詳しい立命館大学の北村和生教授は、「社名公表は行政手続法上、位置付けが難しいが、一般的な理解は行政処分ではない。もちろん公表により企業が大損害を受けることはあり、過去に損害賠償で争ったケースもあるが、賠償は認められなかった」とする。
ただ、行政手法には消費者庁内部からも「個別企業に書面を渡したことは問題。仮に従わない場合、処分となるのか。一般的な消費者行政の観点から望ましくないという意見なのかよく分からず、事業者を困惑させる。公表するつもりはなく情報が出てしまったのであれば情報管理の問題」(同庁関係者)との指摘がある。
消費者庁食品表示課も「指導であればそのニュアンスは伝わるよう話すが、今回は違う。(サントリー食品から)問い合わせもなく、指導と受け取ったとは考えていない」としつつ、「今回のやり方が誤解を招いたとは思う。その意味で想像力が足りなかったかもしれない。今後は誰が判断して行動するか、はっきりしないといけない」(増田課長)としている。
◇
同様の問題は過去にもあった。2009年、花王のトクホ「エコナクッキングオイル」を巡る安全性問題では、主婦連合会が一時販売停止を主張する一方、日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会は、「エコナ」のリスクを把握した上で情報提供を求めるなど、消費者団体でも意見が割れた。だが、消費者庁は消費者委に委員を送り込み、強硬な主張を繰り返す主婦連側に引きずられ、結果として企業イメージの毀損を懸念した花王自ら幕引きを図った。
10年、日清ファルマの「グルコバスター」もトクホ審査の最終段階で消費者委が「形状がカプセル状であること」を理由にトクホとして認めなかった。01年に撤廃されたはずの形状規制を持ち出し、医薬品と誤認する可能性を指摘したのだ。
今回のサントリー食品の広告を巡る問題も、その構図は全く同じ。これまで積み上げてきた健康食品・トクホの制度議論の蓄積が省みられることはなく、部会の委員が強い問題意識を抱けば消費者委の総意となる。法的根拠すら必要とせず、実質的に社名公表という社会的制裁が加えられた。このようなやり方が今後もまかり通るのであれば、トクホ取得で得られるメリットを、リスクが上回ることになるだろう。
消費者庁には、主体性を発揮し、トクホ制度を運用することを求めたい。一方、一企業の事業活動に多大な影響を及ぼしながら、発言者の「非公開」を理由に最後まで説明責任を果たさなかった部会委員の姿勢には、違和感を覚えざるを得ない。(おわり)